Gihyo Digital Publishing
2011年は近年になくアニメ豊作の年で、歴史に刻まれるでしょう。同時代に体験できたことがたいへんうれしい。それでも全話みた作品は30本ほどで、例年どおり。個人の趣向による偏りがあるのは承知の上でベストアニメを選んでみました。
まずベスト3から。この3本は迷わず即決。
魔法少女まどか☆マギか
十年に一度出るかどうかというレベルの作品でした。語り尽くされているので、あらためて書き足すことはないほど。
放浪息子
『青い花』に続く志村貴子作品。原作の魅力を最大限に引き出したのは青い花と同じで、作品自体が大切に大事に扱われたのは幸福な出来事でした。
花咲くいろは
2クール作品が減っている昨今によくぞたっぷりとやってくれた。深夜アニメではまず存在しない朝ドラ/昼ドラの世界観を飽きさせずに、繊細な人間ドラマとして描いた。飽きさせなかったのは、萌え要素や、エロ、お笑い、アニメ技術指向の単発エピソード、など挿入もあったからですね。エンターテインメントとしても優れていた。
次点は以下の7本とします。
戦国乙女〜桃色パラドックス〜
主演のヒデヨシを演じた日高里菜さんの魅力がたいへん大きく、かわいくて仕方がなかった。B級アニメらしい世界観でしたが、この手は意外と侮れなくて、健気さに応援したくなるですよ。
君と僕。
ちょっと見でBL系と誤解されがちでしたが、実質は男女の恋愛が主軸であり、高校生の青春がほんわかでいて繊細に描かれており、素晴らしかった。個人的にはしゅんちゃんのキャラクター性が大きかったのもありますが、幼稚園からの幼なじみ4人に千鶴くんというやんちゃな転校生が加わった異化作用が魅力を大きくしていた。
IS 〈インフィニット・ストラトス〉
深夜アニメの視聴者をどれだけ楽しませるかという戦略で突出していたお手本。あまりにハメられた人続出すぎて、2012年正月の今、逆に言及が躊躇されているのではないかと思う。
これはゾンビですか?
B級深夜アニメのテイストがぷんぷんした愛すべき作品。その脱力する設定を補うのは、キャラたちの切なく健気な運命で、涙を誘った。
日常
ハードルの高いギャグアニメを2クールやるという挑戦は、世間的には失敗作とみなされましたが、その無謀さは貴重です。(原作は未知ですが)元々の原作に準拠したエピソード、オリジナルのエピソードの2本立てだったようで、実際後者が取っつきやすく正直優れていた。京都アニメーションの技術力がたっぷり堪能できた。
ゆるゆり
第1話のすべてのダメさ加減から、回を重ねるうちにあれよあれよといううちに逃れられない魔力を発揮はじめ、とんでもない境地へと到達した今年のダークホースナンバーワンアニメ。ゆるさを徹底追求した類い希なるセンスは癖になる。
ダンタリアンの書架
それほど優れた作品ではなかったが、沢城みゆきさん演じるダリアンに個人的にハマってしまった(どこがそんなに良いのか説得力を持って説明できませんが)。しかしダリアンだけでなく、私のイギリスへの憧憬、ゴシック指向がうまく作品に表現されていたからでもあるでしょう。
素晴らしい声優はいつも素晴らしいし、定評ある声優を挙げるのもあまり意味がないので、2011年度版は、2011年の活躍が今後のさらなる活躍を予感させた声優を挙げることにします。
日高里菜
なんといっても『戦国乙女〜桃色パラドックス〜』の主役です。現役女子高生であることの強さが反映されたのはもちろんだが、かわいらしさが全開でした。このかわいらしさは『ロウきゅーぶ!』でも発揮されており、今後、幼女/ロリ役では第一人者になるのではと期待しています。
伊瀬茉莉也
これまでキャリアはそこそこありながら地味な印象だったのが、2011年に多くのアニメに配役され存在感が大きく出てきました。理子@緋弾のアリア、マサムネ@まよチキ!などのツンデレ役で茉莉也流を確立しましたね。主役が望まれます。それでさらなる飛躍ができるでしょう。
小見川千明
誤解を受け続けてきた不運な声優でしたが、『花咲くいろは』の民子役で、やっとノイズを黙らせることに成功しました。注意深くみていれば2010年の、歩鳥@それ町、なずな@ひだまりでその実力はみえていたはず。今後も演技派を邁進してもらいたい。でもワンアンドオンリーの声/演技は捨てずにさらなる幅広さを!
2011年は、各アニメ本編の充実にともないアニソンも名曲が数多く生まれました。10曲に絞るのが心苦しかったくらい。以下は、個人的好み(リビドー)が優先されたもので、まあそういうことで。
コネクト
歌:ClariS
『魔法少女まどか☆マギカ』OP
この切ないメロディを聴くたびに胸が熱くなった。
SUPER∞STREAM
歌:篠ノ之箒 (日笠陽子), セシリア・オルコット (ゆかな), 凰鈴音 (下田麻美), シャルル・デュノア (花澤香菜), ラウラ・ボーデヴィッヒ (井上麻里奈)
『IS 』ED
このアニメのイケイケを象徴する歌。アニソンカラオケの締めの定番となった。
Taste of Paradise
歌:高梨奈緒(CV:喜多村英梨)
『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』OP
キタエリという技巧声優の持ち味をフルに発揮したイケイケ曲。
魔・カ・セ・テ Tonight
歌:野水いおり
『これはゾンビですか?』OP
この愛おしいアニメにふさわしい切なさが素晴らしい曲でした。
SHOOT!
歌:RO-KYU-BU!
『ロウきゅーぶ!』OP
声優のアイドル化に挑戦してみました姿勢が良い方向にいって良かったね。
君にご奉仕
歌:近衛スバル(Cv:井口裕香)、涼月奏(Cv:喜多村英梨)、宇佐美マサムネ(Cv:伊瀬茉莉也)
『まよチキ!』ED
個人的に大変好んだキュンとなる曲。今年大活躍の三人が歌っているし。
ゆりゆららららゆるゆり大事件
歌:七森中☆ごらく部
『ゆるゆり』OP
大事件でしたね。この歌の突き抜け方もさすがでした。
バイバイ
歌:7!!
『君と僕。』OP
基本的に切ない曲には目がないので。アニメの世界を見事にこの曲でも表現していましたよ。
Authentic symphony
歌:ちょうちょ
『ましろ色シンフォニー』OP
良い曲でした。OPアニメの秀逸さもあり。
Blood teller
歌:飛蘭
『未来日記』ED
今年随一のカッコイイ曲。惚れ惚れする。
以下は惜しくも次点です。
For You
歌:Rie fu
『放浪息子』ED
Hazy
歌:スフィア
『花咲くいろは』ED
Os-宇宙人
歌:エリオをかまってちゃん
『電波女と青春男』OP
不完全燃焼
歌:石川智晶
『神様ドォルズ』OP
LIVE for LIFE ~狼たちの夜~
歌:愛美
『ベン・トー』OP
私のキ・モ・チ
歌:三日月夜空(CV:井上麻里奈)
『僕は友達が少ない』ED
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難易度高し!黒猫を撮るコツ
「黒猫は確かに難しいですね。ポイントは、表情を捉えるために、目をしっかりと写すことです。そして自分の目を信じて、黒猫の表情や毛の質感や一番 よく見える所を探します。猫を動かすのではなく、自分がよく動いてその場所をみつける。そして、黒くベッタリと平になってしまわないように、立体的に見え る光を選ぶことが必要。でも基本的に、黒猫は黒く撮るのがいいと思います。黒猫はいい猫ですよね。とても賢いし、僕は大好きです。猫は自分の毛の色をわ かっていて、白猫と黒猫では太陽の光を吸収する量が異なるので、動き方も全く違います。黒猫は光が少ない場所で休むことが多いので、日陰を探すと見つかり やすいかもしれません」
”MOLESKINEの公式iPhone/iPad用メモアプリが出ていて、使ってみたが残念なものだった。アイコンの反応が悪いなどは改良すればいいが、根本的にUIが凝りすぎていて使いにくい。そこを直すのならスクラッチして作り直すことになるだろうから直らないだろう。
現状のMOLEKINEの方針はあまり好ましくない。シンプルで質実剛健、レトロな手帳ということで、復刻された当初はその新鮮さに驚いて虜になったが、好評に味をしめ、ソフトカバーや様々なヴァリエーションを増やしに増やしまくり、とどまるところを知らない状況になっている。iPhone/iPadアプリの出来からもその方向性がみてとれる。
もともと復刻されたものだから、オリジナルのMOLESKINEにどれだけ近いものなのかは知るよしもない。用紙が万年筆のインクをはじきやすく、相性が悪いというのが特に気になる。昔はペンしかなかっただろうから当然オリジナルと用紙は違うはずだ。
ゴッホやヘミングウェイが使ったMOLESKINEは今のMOLESKINEではなく、ランヴォーやヴェルレーヌが飲んだabsintheは今のabsintheと同じではない。そういうことだろう。
魔法少女まどか☆マギカ BD/DVD 第1巻のオーディオコメンタリーで悠木碧さんが重要な発言をしています。
蒼樹うめ「魔法少女のくくりではあるんだけど、中学生たちの人間ドラマだと思うんです」
斎藤千和「成長に伴う痛み。心と体も。いちばん痛みを感じる年代」
悠木碧「キャラクタたちの立場に女の子なら全員立ったことがある。たとえば、男性の視聴者の方とかはどのくらい共感できたりするんでしょうねえ」
私を含め男性視聴者は、残念ながら共感したくてもできません。そこには深淵がある。まどマギについて作品論はたくさんネットに出ていますが、それがせいぜいできることで、共感を伴った少女論をぶつことはできません。もししていたとしたらそれは欺瞞であり、妄想です。これは気をつけなければならないことだというより、正直な感想を書いていればそういうことはおきません。
追記:
今頃のこのこ言い訳じみたことを書くのは心苦しいんですが、最後の仮想敵を想定したような書き方のところについて。その仮想敵は具体的にあるわけではなく無意識に自分なんですね。やってるかもしれないという。あと、乱暴な論旨は弁解のしようがありません。
(2011.5.4)
まどかの魔法少女化への決意は、第11話冒頭のキュゥべえによるまどかへの事態の説明が間接的にせよ大きな動機になっている。キュゥべえの結果的失策。提唱する全人類への貢献の例に、自らを犠牲にしてきた歴史上の偉大なる女性たちを持ち出したため、たいへん説得力がありまどかを刺激した。キュゥべえは、まどかがなかなか決意せず理解されないことに業を煮やし、これまで以上にしゃべりすぎ根本をひっくり返され失策したんだよ。まどかは嘔吐を催すまでのショックを受け、それが逆作用して魔法少女化への決意につながった。後半もう一度説明があり決定的に。
ほむらが時間を繰り返すことによってまどかの因果が増大する。ここが一番サプライズを感じた。解決策の破綻。ほむらにとっては、繰り返すことでまどかがほむらから気持ちが退いていくということはなにより耐えられないことであり、これまで自分がやってきたことが全否定され、絶望する。
エントロピーは増大する一方になり、ここまで事態が大きくなりすぎると、もうリセットボタンしかない。世界のリセットボタンを押すのは神しかいない。よってまどかは神になった。
まどか、ほむら、マミ、さやか、杏子、彼女たち魔法少女は救われたのか。この作品は救われる救われないという次元を描写しなかった。単純には救われなかったといえるが、まどかが神になったことで救われているという神秘主義に到達している。
多くの人々の記憶の消失(マミ、杏子を含む!)は底知れぬ虚無をもたらしたが、弟タツヤの潜在意識にはまどかの存在の記憶は残された。唯一ほむらにはリボンという物的記憶を託し、確固たる記憶を保持させた。ほむらだけは特別なのだから。この愛らしい結果は、魔法少女ものである証。
虚淵玄の脚本は、思わせぶりな謎を残さずほとんどすべてをさらけ出して説明し、某有名作品のような衒学という欺瞞がなく素晴らしかった。欲をいえば、もうちょっと視聴者に想像(妄想)させる余地を残して欲しかった気もするが、何度も見返せばまだ発掘されるものは出てくるかもしれない。
2006年5月19日の日記より発掘した『砂沙美☆魔法少女クラブ』の感想。これだけしかなかったが、この作品の要点は掴んでいると思う。
砂沙美☆魔法少女クラブ 第5話「トンネルぬけたら」
相変わらず同じ感想しかわきません。セリフまわしにまだ慣れないのと、それに伴うぎこちないリズム感。ずっと慣れないかもしれない。しかしそれを補ってあまりあるのが、ハイクオリティな映像と魔法少女たちの愛くるしさです。
前回で5人目が登場し、今回から5人セットになりました。この5人は全員が仲良しさんではないんですね。それぞれが個性的で、わりと勝手でバラバラな気もする。そこが物語をユニークにより面白くしてくれるところであり、これからそうあって欲しいものです。
フリージングを突然みる気になり10話までみた。作品としていろいろ突っ込みどころはありますが、良いところだけ着目します。
とにかく主演の能登麻美子さんによる代替不可のキャラ創造はさすがだと思う。表向きの冷徹さに隠された純朴なかわいらしさは他の人では出せないでしょう。この点は、ポスト能登の筆頭である花澤香菜さんがすぐ側にいるため、なおさら能登・花澤の資質の違いがたいへんわかりやすくなっていて、もしサテライザーとラナの役を取り替えたらと想像すると、とたんに無理であることがはっきりします。
能登さんが演じるキャラはどれもサテライザーのように内面に濁りのないものができあがり、数々の経験により最近はこのように純粋であるが強さを持ったお姉さん役に磨きがかかっている。やはり芸達者というより役を自分に引きつける声優です。声優自身が持つキャラクタ性が役をとおして透過的にみえるともいえます。なのでいくら他の声優が演技を凝らしても決して能登さんと同じものは出せないわけです。
一方、花澤さんはラナのような戦闘美少女は初めてのはずで、どう演じられるかが注目される興味深いキャラです。ふたを開けてみたら、持ち味のおちゃらけたコミカルさが存分出ていながら、戦う強さもちゃんとできていて、さすがに芸達者で何でもできる人だと思った。なので能登さんと比較してこちらは役に同化する声優かというと、そうでもない。台詞ひとつ声を聴いただけでその声優であることがわかるのは能登さんと同じだが、より技術力が前面にみえる。それに年少のキャラがまだまだ多い。これは年期の問題で、お姉さん役は時期尚早であり今やるは必要はなく、能登さんと同じキャリアを積んだところでやっとみてみたいと思っています。
能登さんと花澤さんはこれまで同系統の役柄(おっとりとしたキャラ)を多く演じてきてそれらがたいへん印象深く、ともに声の魅力が最大のセールスポイントであるため、花澤=ポスト能登と目されるだろうしそれもわかりますが、フリージングで間近に比較するとはっきり上記のような違いがみえてきました。
能登さんは花澤さんをもってしても代替不可であるため世代交代は行われず、能登さんの声優キャリアは長くなるだろうと思われます。ここぞというときにどうしても使いたくなる声優。
花澤さんは末恐ろしい。タイプが違う役柄をこれからも演じていくことが予想されるし、どこまで声と演技の高度な合体が達成されるのか。前人未踏の声優。
追記:
セルフフォローしておくと、サテライザーは年長ではなくラナが年長という設定になっているが、ここはあまり重要ではない。どうみてもサテライザーお姉さまであり、同級生のラナちゃん。キャラを類型的に年齢差表現していないのでしょう。
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書物は車輪と同じような発明品です。発明された時点で、進化しきってしまっているんです。
最も偉大な作家は、我々が作品を一つも読んだことがない作家なのかもしれません。栄光の絶頂にあるのは、おそらく誰が書いたかわからない作品でしょう。
人生を愉しむことが人生の目的になりうるように、読む愉しみそのものが読書の目的になることもあるんですね。ただ映像が観たいから、つまり何かしら動いているのが観たくて映画館に行く人もいますよ。映像の中身や物語なんかは、しばしばどうでもいいんですね。
本棚は、必ずしも読んだ本やいつか読むつもりの本を入れておくものではありません。その点をはっきりさせておくのは素晴らしいことですね。本棚に入れておくのは、読んでもいい本です。あるいは、読んでもよかった本です。そのまま一生読まないのかもしれませんですけどね、それでかまわないんですよ。
おこちゃま向けの絵柄・世界・キャラながら、ギャグはブラックで、バイオレンスで、グロ(血しぶき多し)で、同性愛、見方によっては差別を描いているという大人向けの作品。とはいえ本筋はまったりした人々のふれあいになっていてなごむ。
ぽてまよ演じる花澤香菜さん、ぐちゅ子演じる辻あゆみさんはまったく日本語をしゃべらない役柄になっている。とくにぽてまよはよくしゃべるのだが、それは赤ちゃん語に近い。
人間の登場人物たちは、声優の演技の優秀さもあって各々生き生きとしており、ドラマとして成功している。
ギャグのノリは、たたみかけるようなテンポではなく、間を生かしたボケの味わいがあり、『スケッチブック 〜full color’s〜』に近い。
最終回は、ぽてまよ及びぐちゅ子が死んだとみせかけて生き返るという、アニメでしばしばみられるダメな手法が取られていて、唯一いただけない。他は全くケチのつけようがないだけに惜しい。
こういうカワイイもの文化は日本文化の特質であり、生まれるべくして生まれてきたといえるが、ただカワイイだけでなく、黒い要素も鏤められているところにさらなる現代的な特質がある。ぽてまよの嫌いな相手に対する動物的威嚇や、ぐちゅ子のゴスロリ的存在などがそれを代表して表現されている。
とある科学の超電磁砲
見せどころが多く、キャラに大きな魅力があり、人気アニメのお手本だと思う。小さなエピソードの積み重ねが大きな物語になっている。原作のある作品なのでその大きな物語のゆくえは未完結。
バカとテストと召喚獣
シャフトでないシャフト系として新しいものをみせてくれた新世代アニメ。ダレずに飽きさせないテンポの良さが小気味よく楽しかった。
真・恋姫†無双〜乙女大乱〜
シリーズ第3期となり、これまでの「面白いがB級作品」から「れっきとしたA級作品」へと格上げしたといえる。アクションがよく動いていたところが大きく違うが、堅実な物語と萌えも健在で、良くできていた。
B型H系
エロくないエロい作品として驚いた。基本的に青春物語。青春に性問題を欠かすことができないのは当然だからなのだ。
会長はメイド様!
物語として王道中の王道は強いということをまざまざとみせつけた、今年のアニメの頂点に位置する傑作。ベタで臭くなりそうな芝居を、この2010年の今にギリギリ洗練させた奇跡的なシリーズ構成・脚本が光った。
祝福のカンパネラ
今年はこの作品に癒されました。癒しアニメはここ5年くらい毎年のようにたくさん現れるが、ほとんどが現実世界のゆるやかな日常系である中で、西洋ファンタジーの世界で決して緩やかでない危機的な事件が起こりながらも、登場人物たちの健気な生き様に心が洗われた。
そらのおとしものf(フォルテ)
出し惜しみしないアニメなので、第1期に最高のものを出してしまったにもかかわらず、決して出がらしにならず、その回その回まだまだ出してくれました。シリアス面はかなり深刻で哀しいものがあり、それも健在。愛に目覚めるエンジェロイドの姿がいじらしく印象的な第2期でした。
俺の妹がこんなに可愛いわけがない
毎回毎回視聴者が何か意見を言いたくなるようなネタをふんだんに投入するという、これも人気作品のお手本ですね。オタク向けにオタクをメタ視線で徹底して描いた極めて同時代的作品。
侵略!イカ娘
イカ娘という今年の最高級キャラありきがすべての作品。何をやっても許されるという特権的キャラはそうそうめったに出てこない。ギャグアニメなのでネタが勝負になるわけだが、ヒット率7割といったところか。当初想定していたよりも高打率だった。
絞りに絞って9本を選定しました。私にとって傑作アニメの基準は『シムーン』と『true tears』を超えるかどうかであり、その点からすると超える作品はなかった(まあそうそうそんな作品が毎年出るわけはないが)。それでも『会長はメイド様!』は、傑作アニメのひとつとして充分認定できるものでした。
盗んだハートはココですよ?
歌:小倉唯 with ぷるぷるいゃ〜ん(能登有沙&三澤紗千香)
『怪盗レーニャ』主題歌
アニメはみてないが、いい電波系。
BEAM my BEAM
歌:ひまりんこ・L・しずくえす(緋鞠(小清水亜美)、九崎凛子(野水伊織)、静水久(真堂圭)、リズリット・L・チェルシー(大亀あすか)、神宮寺くえす(松岡由貴))
『おまもりひまり』ED
この元気いっぱいがアニソンらしい。
Perfect-area complete!
歌:麻生夏子
『バカとテストと召喚獣』OP
既聴感のある曲だが、それが何なのかわからない。いい曲なのは間違いない。
NO, Thank You!
歌:放課後ティータイム[平沢唯・秋山澪・田井中律・琴吹紬・中野梓)
『けいおん!!』ED
『Listen!!』もいいが、哀愁に弱い私はこれですよ。
君がいる場所
歌:高垣彩陽
『世紀末オカルト学院』ED
待望のソロデビュー曲でさすがの歌唱力をみせつけた。
侵略ノススメ☆
歌:ULTRA-PRISM with イカ娘
『侵略!イカ娘』OP
当然電波系。いうことなし。素晴らしい。
正解はひとつ!じゃない!!
歌:ミルキィホームズ
『探偵オペラ ミルキィホームズ』OP
これも元気いっぱいのアニソンの王道。
Magic∞world
歌:黒崎真音
『とある魔術の禁書目録II』ED
『HOTD』のED各曲も良かったが、すごく良い。声の艶に魅力がある。
8曲選んでみたが、No.1は、『NO, Thank You!』です。
早見沙織
結@セキレイ2、亜豆@バクマン、イカロス@そらおとf、ワコ@スタドラ。今年はこのようなヒロイン役に抜擢された快挙の年。主役ではないが、あやせ@俺妹なども印象深く、ようやく花を咲かせましたね。最近のアニメのヒロインはツンデレ傾向が強いが、はやみんさんは、柔らかい優しい声に魅力があり、それとは違った王道のヒロイン役声優として君臨していただきたい。あと、歌のうまさも忘れてはならない。
悠木碧
ちょうど1年前は2010年の女王になると予言しましたが、一般的には竹達彩奈さんというダークホースの登場のため、その座は逃したかもしれません。しかし今年は、辰野@それ町、十兵衛@百花繚乱の堂々とした演技で驚かされた。また、ころね@大魔王でのクールなエロいキャラもステキで、そしていちご@夢パティといった従来からのロリキャラも健在。2005年の琴@マイメロで実質デビュー以来6年目にして、立派な声優に成長しました。2011年ははやくもいくつか主役が決定しており、来年こそはぶっちぎりの女王になるかもしれない。強者が多い声優界だがぜひとも
花澤香菜
あらゆる面で他の声優を圧倒する存在となりました。おおざっぱにいって声優は、演技より天性の声質を持ち味とする人と、あらゆる役柄を変幻自在に演技できる技巧派に分かれるが、花澤さんは両方の特質を兼ね備えた希有な才能を開花させた。どっちかといえば、前者の要素がまだ強く、後者の特質も「あらゆる役柄」とはまだ言い切れないが、テンションの高いキャラ、低いキャラどちらも大胆にして繊細に演じ込んでいる。子鳩@こばと、こずえ@オカルト学院、栞@神のみ、月海@海月姫、黒猫@俺妹などをみればこのことが理解できると思います。
声優として華があり人気があり、実力は申し分もなく、この突出した声優は2010年以降もアニメの品質向上の一端を担うでしょう。
番外
平野綾
本業以外でお騒がせした残念な1年だったわけですが、その才能はまだ埋もれていると感じた役がひとつありました。『劇場版 文学少女』の朝倉美羽です。ヤンデレです。これまでこういう役柄は演じていなかったため、あまりのどんぴしゃハマリっぷりに驚きを禁じ得なかった。こういうキャラはめったにないためヤンデレ声優になることはありえないが、つまり2次元的な架空のキャラよりも、人間くさいダメダメな役柄をやれば、すごいものをみせてくれることが分かりました。あと、実写で女優をやるのもありではないかとも思いました。
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あと、作中に1カ所、澁澤龍彦にまつわるエピソードが紹介されているので抜き書きしておく。著者がモナコに関する記事を執筆中、モナコ公国の面積を調べる必要が出てきたのだが、平凡出版の社内には事典の類がまったく置かれていない。困り切って担当デスクに相談したという場面。
「それでは、鎌倉の澁澤龍彦さんに電話で訊いてください。あの人は一晩中起きているから」
そういえば二人とも東大仏文出だから旧知の仲だろう。でも夜中にこんなことで電話する当人は気が重い。
だがしかし、澁澤龍彦という人は想像を超える善人だった。
「ラルース(フランスの事典)があるから、見てきましょう」
いやなそぶりもせずに調べてくれたのである。
「平凡パンチ1964」赤木 洋一 平凡社新書 2004 より
”Mac Pro(Early 2008)、Mac OS X 10.6.4 Snow Leopardに以下を導入しました。
注意点は、REX-PE32Sを挿すスロットがPCI Express X16である第2スロットでは認識せず、第3スロットのX4でやっと認識するということ。付属のマニュアルでは第2スロットを例に説明しているにもかかわらず。
もうひとつの注意点は、REX-PE32Sのドライバーは付属CDのものではMac OS X 10.6.4で動作しないこと。以下の開発元Silicon Imageのサイトから対応版Ver1.2.5.0をインストールする。REX-PE32Sのオリジナルの名称は、Sil 3132です。
速度は比較するものがないので正確なことはいえませんが、内蔵SATA間のコピーよりは遅い。でもまあ充分実用的な速度であると思います。
ケースの動作音は、こんなものでしょう。静音とはいえませんが、どうしようもなくうるさいわけではない。
RAIDは使わず、スタンダードモードで使用します。とにかく所有コンテンツの脱光メディア化を推進するために大容量が必要なので。
「たまゆら」第1話をみた。「けいおん!」を含め現在アニメのスタンダードフォーマットとなっている同年代男子が介在しない世界の、真打ち的な出来になっている。
同年代男子が介在しないアニメというのは、百合とはちょっと違う。というのは、純粋に百合アニメの最高峰といえる「マリア様がみてる」「青い花」は意外と男子が介在してくるからだ。男子視聴者向けに百合を狙った「ストロベリー・パニック」は極端に男性が皆無だったが、これは特異な例といえる。
「たまゆら」の源泉といえる「ARIAシリーズ」は、女性世界だったが、男性もよく出てきた。しかしちょっといかつかったり、おじさんだったりした。さらに、藍華が同年代男子に恋するシーンも出てきた。よって「ARIAシリーズ」はきわめて百合世界っぽさがありながら百合ではなかった。
「たまゆら」のような男子不介在アニメをあげてみると、「極上生徒会」「苺ましまろ」「らき☆すた」「がくえんゆーとぴあ まなびストレート!」「ひだまりスケッチ」「ストライクウィッチーズ」「咲-Saki-」「恋姫†無双」「けいおん!」などがあるが、よくみてみれば完全に男子不介在ではないものもある。しかし印象は“おんなだらけ”であり、杓子定規に分類はできない。ゆるやかに設定が散在している。
また、「みなみけ」「ヒャッコ」「大正野球娘。」「スケッチブック 〜full color’s〜」などは男子介在アニメでありながら、上記と類似性がある。
「乙女はお姉さまに恋してる」「まりあ†ほりっく」「かしまし 〜ガール・ミーツ・ガール〜」は、“オトコの娘”アニメといえ、また違う。
こうしてみてみると、恋愛の有無が、百合/非百合アニメ分類の鍵となる。男子は登場するかしないかよりも主要キャラに介在するかしないかが重要となる。
百合は、恋愛あり、男子介在あり。
非百合は、恋愛なし、男子介在なし。
この分類も恣意的で一概にはいえないが、この定義にすっぽりはまるアニメというのは、強い印象を持った作品になっている。「たまゆら」は後者である。メガヒット作「けいおん!」もずばり後者であることでこのことがよく分かると思う。
繰り返すが、“おんなだらけ”アニメは必ずしも百合アニメではない。
アニメ『ひとひら』全12話を3年ぶりにみた。やっぱり素晴らしい傑作。ダメ少女が最後までよちよちしながら成長していくその純粋さに打たれる。成長物語、芸道ものにありがちな、根性論、いじめ世界が皆無なのが、みていて清々しい。主人公のダメさは、人類の99%以上がこういうものであるからして、格別なリアリティがある。しかし最後にポジティブを獲得する課程が自然であり、ドラマになっている。
恋愛要素がほとんどないため、下卑た感情にはまるでならないという特徴がある。当時私は、百合ものとしてみていて、確かにそう捉えることはできる。しかし再度みてみるとそれも下卑た捉え方だと今にして思え、これは友情と自分のアイデンティティに苦悩する少女の美しい物語なんだと、素直に感動する。たまにはこういう、オタク知識が全く機能しないアニメで、邪心なく涙を流すことを定期的に行いたいものだ。
2007年の作品で、まだその後の主流の新しい声優が起用されていないせいか、重厚といえる声優陣で、見応えがある。これはとくに川澄綾子さんと雪野五月さんのこと。このふたりがこういったファンタジー要素がまったくない人間ドラマをシリアスに演じると、うならされるね。若い声優では絶対出せない存在感がある。
シリーズ構成は完璧といえる。第9話でまずクライマックスを終えるが、その後が実は白眉。じっくり3話分使って丁寧に練り上げた終盤の展開は、他のアニメも見習うべき。最終回ひとつ前で終わらせたりするものが多いが、それではちゃんと着地していないものばかりなのが現状です。
アニメは一年生編で、これ以上ないくらい完結しているが、原作漫画のその後を読んでみたくなる。
アニメ『けいおん!!』の奇妙さは、男性がいっさい出てこないところである(現在2話まで視聴段階)。第1期もそのはずで(厳密に調べる努力を惜しんでいるが)、少なくとも印象では皆無。唯一、楽器店の店員は出てくるが、これは典型的な部外者扱いといってよい。(追記:『けいおん!』ではさわ子先生が若かりし頃、憧れた男性にふられる話が出てくるが、これがきっかけで百合へと向かったとも解釈できる)
(以下、アニメ『けいおん!』、『けいおん!!』をまとめて『けいおん』と表記する。)
『けいおん』はどうみても百合作品であるが、それをいっさい謳っていない。ほとんどの百合作品には男性は出てくるもので、百合の指標といえる『マリア様がみてる』も然りであり、それもかなり印象的に出てくる。ちなみに『マリみて』も、自作を百合であることを謳っていない。『マリみて』以降の代表的百合作品『青い花』でもまったく同じで、むしろ男性が効果的に出てくるとさえいえる。
『けいおん』とほぼ同等の男性非登場作品には、『ストロベリー・パニック』がある。大きな違いは、こちらは百合であることを大きく謳っていること。企画段階から百合を描くことを狙ったものであり、男性の登場は荷物を配達しに来た人が1シーンのみのはず。
『けいおん』に男性が登場しないことについては、原作が4コママンガであることが原因かもしれない。4コママンガは、そのボリュームの制約から登場人物が少ない傾向にあり、たとえば『落花流水』にも、男性は出てこない。この2作品は大変似たところが多い。
百合というとはずせない『シムーン』はもちろん百合作品といえるが、そうでないともいえる特殊な作品である。百合という範疇に括れない大きな世界観がある。ここでは男性は、女性(少女)の対称として、重要な存在感をもって描かれている。
百合を描く上で男性を登場させるのは、現実との違和感をなさを出すのに必要であり、そうすれば一般的に自然な世界観になる。登場させないと虚構感が強まる。『けいおん』は、ゆるやかな日常の系列につながる作品でもあり、このジャンルでは『苺ましまろ』『みなみけ』あたりが代表している。前者は百合色が強く、男性は少数だが自然に出てくる。後者はまったく百合ではないため男性は当然出てくる。世界観が現実世界である場合、男性は出てくるものだが、不思議と『けいおん』には出てこない。この点が、いかに『けいおん!!』が奇妙な作品であるか表している。
“(略)
黒などというのはさんざん着つくしたあげくにたどりつく色であって、安全圏の黒というのはスリルがない。何も好んで悲しい黒など着ることはない。
何色を着ようと個人の勝手であるが、黒を着るにはそれなりの覚悟とスタイルがいる。黒というのは総てを否定した上で成り立っている色なのであるから、レストランなどへ行ってもこうありたい。
(略)
満員だとことわられたら、それも黒い服の宿命なのであると思い、次のレストランをさがす。黒はアウト・サイダーの象徴なのであるからこれはしようがない。
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このお角ちがいこそが、黒い服なのである。人生にお角をちがえてしまった人が着るとほんとうに黒は似合う。黒が黒でなくなってしまうかのようだと思う。服の黒より、自分の人生の方が黒いのであるから。”
- 加藤和彦『優雅の条件』所収「黒は臆病者のユニフォーム」より