Parade 0.5

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December 01, 10:27 PM

 これも好きなゲーム。”物理法則”をうまいこと使ってブロックだの棒だのでかけ橋やシーソーを作り、ボールをゴールまで導く・・・というふうにルールはシンプル。

 月並みだけど、難しいステージで、試行錯誤の末にうまく道筋をつけられた時はうれしい。ついでに、絶妙のバランスで難易度とか、アルゴリズムを調整したのであろう制作者のプログラム力にも尊敬のまなざしを向けてしまう。

 ちょこちょこやって、いま30面くらい。

December 01, 07:36 PM

 iPhone apps で面白かったゲーム。いわゆる横スクロールの2Dのアクションもの、なんだけど、つねにタイムトライアル的な要素がついてまわり、しかもすぐに下界に落ちる(?)ため、かなりハラハラする。

 スピードを上げる快感と、上げたことによるスリル感のせめぎあいがあり、一時やみつきになってました。

 あとは、なんか絵がいいっすね。

November 19, 11:11 PM

 ふらっと寄った都内にある喫茶店で、Regina Spektor の曲がかかっていた。その頃はまだ誰の曲なのかは知らなかったが、音楽は、その店の雰囲気にすごく合っていて、声もドンピシャで、なんだろう、いいなあと思って、その日は帰った。店の押し付けがましくない空間が好きで、僕はその喫茶店に、それからしばらく足しげくかよった。その間、本を読んでいても、作業をしていても Regina Spetor の声がふっと耳に入ってきた。通っていれば聴けるのだから、僕は別にその声の持ち主をつきとめようとはしなかった。
 ところがふとしたきっかけで、自宅のテレビでまたこの人の曲に出会った。なにかのドラマの1シーンでかかっていて、その時ネットを使って調べたのがきっかけで、このドラマの挿入歌と歌い手の名前を知った。それから"Mary Ann Meets the Gravediggers"とか、"Begin to Hope"を探り当てて、聴いてみた。"Mary Ann"のほうは、まだ良さがわかるほど聴きこめていないのだが、ついでにもう一枚聴いた、"Begin to Hope"のほうは「これだ」という感じで、どの曲もびしびしと心にぐぐっと迫るものがあった。

 歌い方、メロディセンス、間の取り方、とやや方向性は違うものの Bjork を初めて聴いたときに匹敵するインパクトがあると思う。二人ともエキセントリックな一面を持っていると思うけれど、Regina のそれはもう少しマイルドで、聴いててずっしりと疲れることがあまりない。かといってBGM的に埋もれてしまうわけでもなく、音楽としての押し出しもしっかりある。どの曲もいいです。

iTunes : Begin to Hope

May 15, 08:05 AM

 ついに我が家にも、無線LAN環境が整う日がやってまいりました。
 これで、iPhoneでも動画がサクサクっと見れて、アプリのアップデートも簡単で、、。クラッシュバンディクーのアプリでオンライン対戦もできるし(やってる方いますか??)。。

 ネットブックもかなり機動力が増して、移動が楽々であります。とりあえず、いいことづくめです。wi-fi。

April 17, 05:43 AM

 ネットが使えるようになった。それまで3週間ほどはPCはずっと回線につながれず、オフラインだった。

 それまでは iPhone でインターネットしていた。それで困ったこと・・・というと、これがほとんどなかったのだ。唯一困ったのは、ネット上のドキュメントの印刷ができないこと。しかし、これも iPnone のアプリをつかったらなんとかなってしまった。あとは、カジュアルに動画が見られないことくらい。うーむ。あ、それから、容量のおおきいアプリをダウンロードできないこととかかも、困ったことの一つに数えていいかもしれない(この辺は、 wifi スポットとかにいってやりくりしたりした。)。

 ツイッターだって、ブログだって、ニュースだって、べつにPCから見なくってもいい。オフラインでもできることは沢山ある、、という状況で、いま書いた「困りごと」をクリアするために、料金を払ってPCでネットする必要ってあるのかどうか・・・、一瞬考えてしまった。

 といいつつ、つながった瞬間から、ネットラジオやアプリや動画を巡回している自分がいたり。うーむ。

March 22, 09:05 AM

 地震があったのは休日で、部屋でごろごろしてた。あまりの揺れにあわてて脱出しようとしたが、ビルの壁などが剥離し落下しているのが見えるような凄絶な状況だったため、結局室内から外には出ないほうがいいと結論し、開けはなったドア手で押さえたまま、その場にうずくまっていた。自分の住んでいるところはたまたま頑丈にできていたため、家具の配置が乱れた程度で事なきを得た。被災地からある程度離れていたとはいえ、揺れている間はとても怖かった。

 ここになにか書いたとしても、ブログ主が無事であった事にほっとする人なんてのはどこにもいないかもしれないが、一応、いつも通りのエントリをしておく。

 書影を出している『巨大地震の日 命を守るための本当のこと』(高嶋哲夫著,集英社新書,2006)という本は、地震にあってからたまたますぐ、手近に手に入った本だった。地震災害についての、基礎知識をまとめたガイドマップのような本である。どんな地震があって、どんな被害を出すのか。怖い時期、そして地域はどこか(この本には、今回の地震を予言するような記述は見当たらなかったが)、どんな対策をするべきか、などをうまくまとめているため、参考になった。ネットの膨大な情報の裏を取ったり、手薄な部分の知識を補うレファレンスのように使った。知識や情報で家ができているとすると、編集された本は、その骨組みとしての機能を果たしていたと思う。
 そのように、ネットや本からある程度まとまった量の知識が入ってくると、専門的な知見に基づいて、自分なりに事実を解釈したり、事態の推移を予測しようとしたりすることもできるようになった。そのことが精神安定剤のように作用して、少しは落ち着きを取り戻すことができたと思う。
 地震が起きてから、Twitter なしの生活は考えられなかったが、傍らに、あるいはスマートフォンかなにかの中に、ある程度体系的に情報が組織された本があることは重要だと感じた。

December 29, 10:58 AM

 ついさっき、iPhoneのアプリストアで、『バイオハザード4』というゲームがセールになってて、おとしたなう。

 「4」というだけあって、ずいぶんシリーズが重ねられたアクションもののゲームだそうで、せまりくるゾンビをばしばし倒して目的を・・・何の目的があるのかわからないが汗・・・ともかくゾンビを倒すゲームだということは理解している。

 しかし、怖い!こっちがふらふらと準備ステージ内を移動し、遠くに人影をみつけ、「ゾンビに違いない」と予断し、照準のさだまらない銃をがちゃがちゃやってるあいだに、そのゾンビみたいのがゆらゆらと近づいて来て、そのままガッと・・・。殺される!

 と思ったら、「もがく」みたいなコマンドが表示され、ゾンビらしき人にいちげき蹴りをくれ、身をひきはがすことができた。

 あとにのこるひやっとした恐怖・・・。

 また進展があったらレポートするかもしれません。汗

December 25, 10:38 AM

 『Speed Bones MD』、これは最近はまっているiPhoneアプリ。
 『上眼窩裂』『鼻骨』とか、骨の名前を示され、絵をみてそれに相当する部分をポイントしていくだけなんだけど、宣伝しているわけではないですが、たったの115円と安かったから買ってみた。iPhoneのアプリって、なぜかすごく安いのが多い。

December 25, 09:44 AM

 このあいだ、知人のおすすめもあって映画『ノルウェイの森』を新宿で見てきた。『ノルウェイの森』は原作をもう何年も前に一回読んだきり。だがどういうわけか、2度読まなくても大丈夫なくらい個別のシーンが鮮明に脳裏に印象づけられていて、映画なんか見ると齟齬をきたすかもな、と映画の公開の決定当時は思っていた。

 それで結果は・・・見て正解だった。映像はやっぱりかなり饒舌だったけど、映画は映画、原作イメージは原作イメージと、それなりに頭のなかでのすみ分けができたし、映画のおかげで原作について、頭の中が整理された側面がけっこうある。

 お話としては、なんというかこの映画は、世界の天井を支えていた柱がぽきぽき折られていった時代の物語なんだな、との感を強くした。キズキや直子の抱える混乱と、ワタナベくんの立つ相は全然違うものだし、ワタナベくんも足場を確保するために、それなりにきつい思いをしているのだな、と改めて感じた。一途なハツミさん→ポストモダンな永沢さんラインもまた別の相で、クールで空虚な恋愛になっていた。

 またきれいな映像、ほんとによかった。「きれいな映像」が一種の記号のようにばらまかれる映画だった。

 音楽について気になる事。ときおりゴゴゴゴ・・・という重低音が挿入されたのだが、あれは演出?シネコンで見たので、別の映画の爆音が伝導してきたせいかなと感じたのだが、どうなのだろう。

December 23, 06:45 PM

ノルウェイの森、観に行こうかな。そろそろ。と思い、本棚から単行本を引っ張り出してパラパラ読む。冒頭の飛行機のシーン、早稲田の量での突撃隊、、映画を見る前から脳裏に鮮明に映像が浮かんでくる。そういう小説。

December 22, 07:12 AM

 ヨーグルトにも食べ方があるという。

 

 胃酸がどれくらい強烈なものか。その威力を知りたい人は、一度自分の指を胃袋に突っ込んで、10分ほど待って取り出してみるとよい。多分指は骨だけになっている。それほど強い酸なのだ。硫酸、塩酸と同等だ。その酸が大抵の菌は殺してしまう。[・・・・・・]
 ということは、正しいヨーグルトの食べ方は、断然食後ということになる。空腹時に食べてはいけない。[・・・・・・]菌を腸まで届けたいのなら、せめてパンとコーヒー、卵くらいは食べてからにしたほうがいいだろう。(『ここがおかしい菌の常識』p.36-37)

 胃に指を突っ込むなんてとてもじゃないが無理である。ビフィズス菌は、ニンジンやオリゴ糖が好物で、えさにして食べるのだという。そのため、ヨーグルトはニンジンと一緒に食べるといい、というような情報も載っていた。ほんまかいなと思うが、本当らしい(この本は、菌にまつわる雑学的知識を多く載せていて、とても勉強になる)。効率的に菌を腸に届けたい人は、やってみるといいかもしれません。僕は面倒くさいのでやらないと思う。

December 22, 06:41 AM

 音楽理論を聞きかじると、楽曲を作るときに、理論先行とか、音先行とかいう作り方をすることがあるのがわかる。バッハからシェーンベルクまでの作曲家は、作曲するときの技法をどこまで構築していくかということが問題として大きく、それに対する反対意見として、「偶然性の音楽」というものが出てきたらしいということを知った。偶然性の音楽というのは、チャンス・ミュージックと言われる、サイコロとかを使って、その出た目を利用して音を曲に組み込んでいく手法だという。  先のバッハとかシェーンベルクが、理論を突き詰めて行き詰まりになってしまったため、ジョン・ケージという人が1950年代くらいからはじめた。でも、それってアンチテーゼとしては良くても、曲になったとして、ちゃんとまともに聴けるもんなのか?と常々疑問に思っていた。

江村 偶然性の音楽といっても、「八掛で作曲しました」「サイコロで作曲しました」となれば、サイコロという一つのルールの下で音楽を決めていかなければならない、でも実際のところは、サイコロや八掛で音楽を作るというのは、ルールでもなんでもなくて、ただ一つのポーズです。
 八卦を振るその時点で、彼の頭の中にはすでに音が鳴り響いていて、その音が、八卦を振って自分の決めたルールに合致したら、それは偶然だからその音を使いましょうと言っているだけなのです。(『音楽を「考える」』p.40)

 この文章を読んで、おかげでその疑問は氷解したというか、ああ、やっぱり音楽はもともとのものがあったんじゃないかと納得した。「偶然性の音楽」って、響きは格好いいんだけど、いまいち掴みどころがなかったもので。
 ちなみに、このあとで対談者の茂木健一郎が、デュシャンの「レディ・メイド」の意味が分かった、といって、「泉」という作品を引き合いに出しているのだが、なるほど、そうつながるのかと感心した。

December 19, 04:50 AM

 iTunes についてくるラジオのAOR系のチャンネルをなんとはなしに聴いてたら、おっこれいいな、と思った曲があった。耳触りのいいポップスで、あっけらかんとした解放的なオケもよかったし、それに乗っかる歌声もよかった。かかっていたのはColbie Caillat さんのアルバム"Breakthrough"に入っている曲だったんだけど、流れていたのがなんだったのかは、忘れてしまった。

 1stの"Coco"と2ndの "Breakthrough"を聴き比べてみたところ、個人的には1stのほうがより好きだと思った。"Breakthrough"は、作を重ねただけあってか、前作より洗練されて品質の高い、商業的に受けそうなポップスに仕上がっているんだが、"Coco"にはもっとより個人的な動機から作られた音楽のように感じる。

 調べてみたところ、 Colbie Caillat さんの楽曲はサーフミュージックという括りで語られることがあるらしい。聴いていると確かにギター弾き語りをベースにした若干レイドバック?した感じのポップスといった雰囲気で、夕暮れの浜辺で残照に照りつけられながらラジカセで聴く音楽、みたいなセンチメンタルなイメージが喚起される。ピニャコラーダを飲みながら、ごろんと寝転びながら聴く、みたいな。

December 13, 03:38 AM

 Mr.Childrenの『SENSE』(2010)を聴いた。いい感じ。

 思えば、『SENSE』が出るまでの数作を聴いて、ミスチル好きだしいい曲も沢山あるけど、ちょいとマンネリかなと感じなくもなかった。もう昔の、「Atomic Heart」 とか 「深海」 みたいなソリッドな感じは出てこないのかなと。でも今回は予想よりも半馬身前に出た音で、ちょっとびっくりだった。

 「ハル」や「forever」なんかは、劇団の役者が歌い上げる一場面みたいな曲だし、それまでの相には立ってない曲だと思う。全体的に、ポップスというより、櫻井和寿主演のミュージカルを見ているような感じすらする。なんだろこの感じ、この後櫻井さん倒れたりしないよな、みたいな儚げな感じは。。

 あと、「365日」や「fanfare」を聴いていて思う事だが、とにかくどこがどうというふうには言えないのだが、音作りには相当な気合いが入ってる。大きな音で聴くと、とことんまでいい音質で、いい音を選んで、ミキシングも丁寧にやって・・・というこだわりがすごく伝わってくる。そこそこのスピーカーでも迫力はわかる。巨大な音で聴くといいんじゃないかと。

November 23, 11:28 AM

 竹田青嗣さんの現象学って、このへんのことが基本でとても大事なんだろうと思った。

 そもそも、フッサール現象学の最大の功績は、認識論の問題においては、「真理の条件がなんであるか」ではなく「確信成立の条件が何であるか」を問うことに問題の本質があることを明らかにした点にある。(『言語的思考へ』p.58)

 『言語的思考へ』は、フッサールは、客観存在を自明の前提としていないので、デリダの批判は当を得ていない、というような議論をしている本だったと思う。これは、個人的にはかなり勉強になった本であった。
 認識の問題を解明するためには、なにが現実に存在するか、ということを問題にしても無効となってしまう。それよりも、目の前に「リンゴ」がある、と確信をもつ場合、その信念はどうして形作られるのか、その条件を問題にしたほうがいい、と著者はいう。

 上述した観点からは「現象学的還元」の方法の要諦を〈認識のプロセスにおける「対象」と「認識」の関係の因果性について自然主義的ドクサを逆転すること〉と約言することができる。(p.58)

 つまり、リンゴが目の前にあり、そのためにリンゴの像が視野のなかでむすばれている、とするのは自然だけれども、客観的な「存在」を、自明の前提としている点で問題がある。だから、逆に、「リンゴが像として、見えている。だから、リンゴが存在するに違いない」とひっくりかえす。そして、この「違いない」と感じるのはどうしてかを、条件として考えていくのが、現象学の方法なんだ、ということである。

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