living in the earth.
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大学生の時、ラーメン屋でバイトした。
いまいちやることが見つからず、ボーっとしていた俺に
高校生のバイトの女の子が言った。
『仕事は自分で取りにいかないと!』
ハッとした。
きっと一生忘れられない言葉だ。
デザインは文字が少ない方がいい。
しかし伝わらなければ意味がない。
どれが何の情報で、どれと関係する情報か。
レイアウト的に、ビジュアル的に、解決しよう。
そうして極限まで文字を減らすのだ。
「あしらい」とかってのがデザインだと思ってる人がいる。デザイナーの中にも結構いる。細かい要素の「あしらい」をどうするか、に注力して、出来上がったものが「どうやったの?」とか「キレイ」とか言われるのでデザインができた気になっている。でもレイアウトが全然ダメ。木を見て森を見ず。
そういうお客さんも多いのは確か。「〜っぽいデザインにして下さい」とか「この辺をもっとゴールドっぽく」とかっていうのは、「あしらい」の話をしている。そしてその「あしらい」が上手いと、やはりお客さんには喜ばれる。つまり、仕事としてはそれで成立してるから、それも良いのでしょう。
僕は「デザイン」とは、そこにある「何か」と「何か」の距離、大きさの対比が全てだと思ってます。
「でもそう言ったって、フォント選びとかも重要じゃない」って言われたら、「フォント選び」は、字画の線幅とか字画同士の距離、そして文字と周辺の「何か」との大きさの対比を決めるために、フォントシステムを利用しているだけだ、と言いたい。
「あしらい」にこだわる人は、つまり現実で見ている「何か」の距離感や大きさの対比を紙面に投影しようとしていると言い換えられると思う。しかし距離感や大きさの対比は、その場その場で変わるものだから、どれだけ頑張って投影しても、「頑張りましたね」だけの努力賞だろう。
「きゃりーぱみゅぱみゅ」って言いたいのに「ぱみゅぱむ」ってなってしまう。言い直して言ったつもりが「かりーぱむぴゃむ」ってもはや何も言えてない。そんな悩みをお持ちのビジネスマンの皆様。このメソッドで、多くの方がその悩みを克服されています!
世田谷区男性(23・商社勤務)
「いつもふたつ目の『ぱ』がダメだったんです。俺ってダメだなあって、落ち込みました。でもこのメソッドはそんな私にとって目からウロコでした。このメソッドを活用するようになってから、お客様と『きゃりーぱみゅぱみゅ』について話す時も、全く緊張しません!」
墨田区女性(25・アパレル)
「彼氏にフラれてどん底でした。でも、このメソッドのおかげで新しい彼氏ができぱみゅぱみゅ」
このように、多くの方がこのメソッドを知ったことで、新たな人生を歩み始めています。この情報をあなたも今すぐ手にすることが出来るんです!
「でも本当にそんな上手い方法があるの?」「すごく難しいんじゃないの?」そうお考えではないでしょうか。そんなことはありません。その方法を手順を追ってご紹介しましょう。
[STEP1]
「ぱみゅぱみゅ」の音を分解して言う
「ぱみゅぱみゅ」とは音にすると「pa-myu-pa-myu」、カナで書くと「パ-ミュ-パ-ミュ」の4音に分解できます。この4音は、全て子音が全て口を閉じて言う「p」や「m」の音から始まっていますよね。だから、続けて言いづらい特徴があるんです。
そこで、分解の方法を変えてみましょう。その方法とは「p-amyu-p-amyu」です。カナで表記すると、「プ-アミュ-プ-アミュ」となります。この場合、口を閉じる子音「p」から始まる子音が2つに減りました。一度発音してみてください。どうですか?格段に言いやすくなったんではないでしょうか。
さらに、言いやすくするならば「p-amyup-amyu」「プ-アミュプ-アミュ」としてもOKです。これなら、2回目の「p」の音、すなわち誰もがつまずきやすい「2つめの『ぱ』」の音を、空気のように抜くことができます。分かりやすく書くと、「キャリーップ、アミュップ、アミュ」を速く言えば、「きゃりーぱみゅぱみゅ」と言えてしまうんです。
いかがですか?ぱみゅぱみゅへの負担が減ったのではないでしょうか。
このメソッドなら、言いやすくなるだけでなく、「噛むかな、噛まないかな」という心理的な不安から解き放たれて、「絶対言える!」という自信がつき、結果として唇の動きもなめらかになりぱみゅぱみゅ。
このあとも[STEP2]「きゃりーぱみゅぱみゅ」と好きな男性・女性の前でスムーズに言う方法、[STEP3]「きゃりーぱみゅぱみゅ」と言えなくても人生で困ることは無い、とさらに役に立つ情報が満載です。このメソッドを手にした瞬間、人生が変わります!!
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オールFlashサイトを作るとしよう。
ウェブをデザインしたことのない素人に、デザインの要望を聞くと、「ローディングの画面はこんな感じ…」ということを言う。これは結構経験してる。
ローディング中の画面というのは本来観たくないもの。なのに、なぜそこに注文をつけるのか。答えは簡単で、「実際に観る機会が多い」に尽きる。すなわち、普通の人はたいがいFlashサイトで待たされている時間が多いということを暗に示している。「ウェブ制作会社のPC環境レベル」>「一般ピープルのPC環境レベル」ということが常に起こっているから、そういう傾向が無くなることはないと、個人的には思う。
本来、待たされたくないはずなのに、待っている時間の印象がより強く残っているわけだ。なぜか。これは、自分の期待するコンテンツに対する「焦(じ)らし」の効果が発生しているからかも知れない。つまり、「自分が耐えて待つコンテンツ」=「本当に観たいコンテンツ」だから「待ち時間」=「期待増幅時間」という効果になっている可能性がある。というかなっているだろう。つまり「ローディング画面」=「ディズニーランドの行列」である!
じゃあ、「ローディング中の画面」は本当に不要で、邪魔なものなのか?余分なデータを読み込ませてでも、ローディング画面をあえて表示しますか?あなたはどうしますか?
韓国押し批判が取りざたされているが、問題は韓国押しではない。
テレビ番組は、スポンサーからお金を貰って作られている民間企業の商品だから、スポンサーの望む番組を作るのはごく自然な行為。問題は、スポンサーとして見えないところからのお金の流れがあるところ。何から作られているか不明瞭な商品を無理やり買わされるのは消費者として納得がいかないというわけだ。牛肉とかだって、産地や生産者表示する時代。テレビ番組も、そこからのお金の動きがあるなら、きちんと提供表示すれば視聴者も納得するはず。
実際にお金が動いてるのかどうかは知らない。実際は、売り込みに来る力が強いぐらいのレベルかも知れない。そうだとすれば、局内で、近場で安く手に入る素材を使って番組を作ろうとしているならば、組織が硬直してきている証拠でもある。もし、番組へのスポンサードではなくて局へのスポンサードだとしたら、視聴者には見えない。
創価問題とかも同じ。見えないところでの動きは不気味だから嫌悪される。政治献金もそう。可視化されれば、誰が誰に動かされてるか、はっきりする。ごまかしごまかしやってると、怒られる。それだけのこと。
私がTwitterでつぶやく頻度をx、読者がフォローしている人数がy、読者がフォローしている人の平均つぶやき頻度をzとする。読者のタイムライン速度はyzで表される。x/yz(=
フォローしている人zが増えると分母が大きくなるので、私のつぶやきは、より文脈性を失うだろう。Twitterがブームになってyが増えても同じである。
同じ事をつぶやいてても、それぞれのタイムラインで、多くの誰かの発言の中で単発で表示されたのか、私のつぶやきだけがだらだらと続けて表示されたのか、では読者にとって全然意味が違う。
人生においても、個々の人にタイムラインというのが存在して、それぞれの中で誰かと出会ったり、出会わなかったりする。それぞれの人間はそれぞれの文脈の中で他者を見る。それはその人を見ているようで、自分のタイムラインに表示された他者である。これが「主観」ということだ。
Twitterのタイムラインは誰かのつぶやきを読んでいるようだけども、主観的に読んでいる、ということを忘れてはならない。人生もまた然り。
仕事をしていると、イラレデータをいただけませんか、といった依頼がある。別の場面でそれを活かしたいので、という理由だ。
デザインの仕事で、契約範囲はすごく曖昧だ。本来は何に使われるものなのか、使っていい人は誰なのか、作る作業の対価なのか、アウトプットへの対価か、それの著作権は誰が持つのか、などといったことが規定されて仕事が始まることはまずない。やっている会社も中にはあるだろうけども。
例えばCIを作るにしても、そのCIの使用自体が一人歩きするのか、使用ごとに料金が発生するか、別媒体での使用の可否、といった問題がある。CIは大きなお金が動くので、割と規定されるかも知れない。だが、ちょっとしたパーツの制作程度ならあまり考慮されることはないだろう。
日本では契約がないがしろにされがちだ。閉鎖的な空間で、同民族ばかりで、阿吽の呼吸で通じる隣の人にとっては、紙面で交わすまでもなく思いが通じる、というわけだ。ところが、実際にはコミュニケーションエラーは生じている。
冒頭言ったようなデータの受渡において、契約がなされてないのであれば、著作権を放棄して無償提供したと解されるようなものである。そこに発生したであろう対価が発生しなかったことが、全体として経済が収縮していくことに繋がっているのは間違いない。
日本のローカル化が進んでいる。
大阪は東京に比べて既にローカル化が加速しているが、東京は米国の都市に比べてローカル化がひどいだろう。日本は既に、いち地方でしかない。いち地方に戻ったとも言える。原発の事故やその後の対応によってそれはより深刻になっていくだろう。ローカルな社会にはローカルな生き方というものがある。
グローカルという言葉が流行ったことがある。グローバルとローカルを組み合わせた言葉で、ローカルでありながらグローバルな地域が増えて行くという考え方だ。これは、インターネットの普及も手伝って、一時期もてはやされた。だが実際には、国家の概念や、地理的な障壁が克服されない限り、グローカル化が飛躍的に進行することはなかった。これからは、ジリジリと日本全体がシャッター商店街のようになっていく。
ローカルな地方の特徴として、慣行に縛られた硬直性が挙げられる。先進性を持つ者は、グローバルな都市に出て行くので、そこに固執して残るのは、懐古趣味や伝統・慣行を重んじる人間であり、高齢化が進む。都市が昔は東京だったのが、グローバル化が進行して、それは国内にとどまる必要がなくなった。グローバル化グローバル化と言われるが、結局の所、グローバル化するほど日本はローカル化するのだ。なぜなら資本主義はall or nothingであり、みんな一番の方へ向かう。
今後、日本の運営の仕方は、地方都市を参考にすべきだ。いつまでも日本発信のものが世界に通用すると考えず、日本にしかない、日本でしか作れないものに資本集中していくべきだ。日本にしかないもの、というと古き良きものと勘違いする人がいるが、そうではない。本当は、伝統を継承した新しさが無ければいけない。日本は京都になるべきなのだと思う。
人類は機械文明を生み出し、便利な社会を作ってきた。しかし、色んな作業時間が短縮され、時間密度はより濃くなっていく。忘れたいことも機械が覚えている。我々は本当に幸せになっているのか?人間の脳みそは忘れるという素晴らしい仕組みを持つ。その機能を無効化して幸せになったか?
理念を語るだけの会社は信頼できない。
俺の友人は、若い頃に起業したが理念を語るだけで仕事を得られなかった。
企業に理念は必要だ。というか組織に理念は必要だと思う。
だが営利企業ならば、実績あってこそだろう。
企業の信頼は、実績から生まれる。理念からではない。
小さな実績を重ねずにカタチだけキレイに調えた企業は笑われて終わり。
高校生みたいな夫婦がいた。
子供がふたり。
親が何歳で産んでも子供は同じように0歳から始まって一年ずつ歳をとる。
親と子とは、大人か子供じゃないのだ。
産んだ方が親、産まれた方が子供、というだけ。
「産まれる」とは受動的な言葉のようにも思える。
会社の飲み会があったが、俺は仕事が残ってたので、ひとり会社にいた。誰もいなくなった会社で、仮眠をとった。
しばらくして、誰かに起こされた。会社に戻ってきた同僚の子だった。 フロアの電気がまだついてるのが見えたので、俺がいると思って、見にきたという。
彼女は、お菓子をくれて、お茶を入れてくれた。
ブライアン そうです。たとえば、
Hubspotには有給休暇制度がありません。
そのかわり、いつ休んでもかまわない。
休むのも、休まないのも、自分でできるでしょ、
っていう信頼があるからこそ、そうしている。
家で仕事をしてもいいし、
会社でやってもいいし、
旅先で仕事をしてもかまわない。糸井 ああ、なるほど。 ブライアン Hubspotには20代の社員が多いので、
そういった、信頼に基づく自由さが、
とくにうまく機能していると思うんです。
アメリカでは、この若い世代は
「Y世代」って呼ばれているんですけど。糸井 「Y世代」。 ブライアン 一般的に、このY世代っていうのは、
あまりイメージがよくありません。
すぐに仕事を変わるし、まじめにやらないし、
っていうふうに見られています。
私は、せっかく会社をつくるんだったら、
Y世代がおもしろがってくれるような
会社にしたいと思いました。
もちろん、Y世代の人たち全員が
ほんとうに不真面目なわけではありません。
彼らを心から信頼して、
会社がどんどん成長していくんだよ、
という大きな目標を伝えて、
あとは好きにやっていいよというふうにすると、
ものすごく忠誠心をもって
会社のために働いてくれます。
彼らの場合、女の子といることに違和感がないだけであって、男性としてモテているのか? というとそれはちょっと違うような気もします。こういっちゃ何ですが、ある意味、ふたりのスタンスはおすぎとピーコに似ている部分がある、と思う
なるほどね。
もうすぐ誕生日、社内で自分の誕生日プレゼントを用意していてくれたらしい。社内の誕生日祝いはいつもサプライズで執り行われるが、仕事のあとの飲み屋で気分が大きくなって全部言ってしまったみたいだ。それでも嬉しい。
私の誕生日は8月15日。
このお盆という特殊な誕生日ゆえに、祝ってもらう機会というのがなかなかなかった。この時期は誰もがバタバタしているし、夏休みの中、ということも多かった。
今年は違った。
R社の商品カタログリーフレット改訂にあたって、ページ追加分を原稿リライトからデザインまでほぼ1人で担当した。ごく簡単な作業だったが、D社にて、文章が分かりやすい、との絶賛評価を得ていた、と上司から聞かされる。半ば本気で、お前の名刺に「コピーライター」の肩書きを入れろ、と言わしめた。
自分の作ったものが、知らないどこかで評価を得ているのは嬉しい。それが広告の醍醐味かもしれない。それに、社内ではコピーが書ける方だと思っていたが、先述の上司にはいまいち気に入られていなかったらしいのに、外部で好評価を得たことで、一気にそれが反対方向に加速したのは面白いことだ。この仕事の良し悪しは、社内だけで完結していないのだ。
任天堂がこのほど公開した、E3でのアナリストとの質疑応答によると、ネット環境が急速に変化する中、固定的な仕組みを任天堂が作って「この仕組みに合わせてください」というやり方は時代に合ってないだろうと感じているという。
「この仕組みに合わせてください」じゃなくて、「触りたくなる仕掛けを作るんじゃないの?むしろ新しい仕組みがどんどん出てきている時代だと思うが。運を天に任せるぐらいの発想の飛躍がないようじゃダメだ
ここはとりあえず考えをまとめる前の話とか
日々の日記など雑記帳にすることにした。
つまり何でもアリのノート。
だから内容に混乱や誤りがあっても良いのだ。
でもそういうことの指摘とか反論は歓迎する。
あとPosterousは、ポステラス。