他人に対する興味の喪失というのは、相手に原因があるのかもしれない。だけど興味を失った後のその人に対する「自分の振る舞い」や「間接的な拒絶」は相手の原因以上にとても大人げない。それに気づいた時、自分がとても醜くなったように感じてしまう。
幾ら愛し合っていたとしても、幾ら時間を共有していたとしても、自分とは違う人間なのは明らか。だから考え方も趣向も違うのは当たり前。其処に自分と同じ価値観を求めるべきではないんじゃないかな。自分にない感性を持った人間だからこそ、貴方は惹かれたんじゃないかな。
今が面白くない、すぐにストレスを感じる、苛々しやすいというのは要するに自分の世界が狭まってる証拠だと思う。人間日々何らかの変化を感じていないと、感性とか感情とか、脳の色々なとこが麻痺する。放っておくと疲労感ばかり蓄積して発散もできず、無気力化する。ルーチンは人生の大敵である。
ソーシャルは必ず崩壊するんですよ。
なぜかというと、コミュニティの内容をディープにすればするほど、新しい人が入れなくなってしまう。かといって、参入障壁を低くすると、もとからいたディープなファンの人がしらけちゃう。こういう仕組みで必ず崩壊するんですよ。
フォークランド紛争によってできた地雷原には人間は一人として住めませんが、代わりにマゼランペンギンがたくさん棲んでいる。ペンギンの体重では対人地雷に反応しないんです。ペンギンの天敵であるトドは地雷に反応してしまうため、そこはペンギンだけの楽園になってしまった。
町田康さんの講演会に行ってきた。「ここ数年、人間の種類が減ってきている気がする」「”いろんな人がいる”ということを許せない人が増えて、多様な人間観が排除されている」という言葉が印象的だった。
目を瞑ると、目の当たりにした遺体の残像が浮かんでくる。それは阪神・淡路大震災の時も同じだった。
当時、若かった隊員が、現在は曹長などリーダーになっており、その経験からか、誰が命令したわけでもなく、夜は5~6人の作業部隊が車座になるのだという。
つらかった光景、ひどく悲しかったことなど、黙々と作業をし続けたその日の全てのことを声を出して吐き出し、そして泣く。やがて、明日も任務を精一杯やろうと誓い合って、一日を終えるのである。
「我々の目的は、我々がここにいたことさえ気づかないようにすることだった」と第 353 部隊のひとり John Traxler 少佐は語った。
「幸せになりたい幸せになりたい」ってずっと思ってると、幸せになりたいってだけで終わっちゃうんです。「幸せだなぁ」って思ってるとずっと幸せのまま過ぎていくんです。