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すべてのデザインに根拠を持っているか

・なぜこの要素はここにあるのか。
・なぜこのボタンの色はこの色だったのか。
・どうしてこの画像を使ったのか。
・イラストにしなければいけなかった理由は何か。

数え上げればキリが無いですが、極論として本来問題解決の手段である『デザイン』には「なんとなく」という理由は存在しないはずなんです。
たとえそれが、「そっちのほうが格好いいから」とかであったとしても。
ただし、ここで留意しておきたいのは、「格好いい」や「使いやすい」と感じる対象はあくまでユーザーであると想定すること。
ユーザーにどう感じて欲しかったのか、ユーザーに何を見て欲しかったのか。それがキチンと説明できるデザインかどうか?を確認していきます。理想は見ただけでディレクターがその意図を把握できること。
デザイナーにいちいち口頭で確認を取るのではなく、逆に「聞かなきゃ意図が分からないデザイン」があれば、そこを突っ込む。みたいなチェックを心がけています。

「コミュニケーション能力が低い」などというのは言い訳に過ぎない。要は「コミュニケーションしたくない」というだけなのだ。する意志がないだけなのである。

それを能力などのせいにするから、問題がややこしくなる。そこから自己欺瞞が始まる。そして自己欺瞞は全ての問題をこじれさせる。

もし「自分はコミュニケーション能力が低い」などと思っている人がいたら、そんな考えは即刻捨てた方が良い。そして今から、「自分はコミュニケーションする意志が少ないのだ」と思うと良い。

そうすれば、問題点がクリアになる。そして全ての問題がそうであるように、問題点をクリアにすることが、問題解決への第一歩なのだ。

早稲田大学の大教室で教壇に立った日、「トップを張るというのはどういうことなのか、心得を聞かせてください」。そんな学生からの質問に、南場はこう答えた。

 「いい質問だね。私よく言うんだけどさ、例えば目の前に濁流があって、川の向こうに肥沃な土地がありますと。そこへ行くべきとか、渡り方はこうするべきとか助言するのが参謀やコンサルタント。一番最初に濁流に足を突っ込むのがトップ。そうするとね、水だと思ったら熱湯だったとか、下に剣山があったりとか、何でこんなことが起きるんだということが起きるんだよね」

 「その時に、どういう背中を見せるかということなんだけど、ホントは社長であっても迷いやおびえでいっぱいなんだよね。だって同じ人間じゃないですか。社長も普通の人。でも、それを出さないで、びくともしないふりをしながら渡りきる。あたかも何事もないかのように、大丈夫だよっていう背中をいかに作れるか。ってことなんだと、私は思いますね」

違いその1
編集者は取材する。
キュレーターは収集する。


編 集者の基本姿勢は「取材」にあると思います。下調べでわかっていても会いに行く。現場へ行く。ウラを取る。そうなると自ずとその量は限定されるはず。キュ レーターが圧倒的なのは、情報ソースの広さ、多量さと思います。RSSやソーシャルメディアを利用して、入手する情報量の担保が存在価値を高める。この点 はスタンスの違いとして大きいと思います。



違いその2
編集者はネタ元を明かさない。
キュレーターは引用元を明示する。


「情 報ソースの秘匿は編集者の義務であり、責任である」そんな言葉を何度か聞いたことがあります。編集者にとって、ネタ元は財産であり、あまり積極的に開示し ない傾向があるように思います。実際は孫引き記事なども多いのですが・・・。一方キュレーターは、一次情報に価値を置いていないので、引用元があるなら ば、積極的に明示します。きちんとサイトリンクまですることが作法となっています。


違いその3
編集者は「ブランド(組織)」に所属する。
キュレーターは個人で活動する。


も ちろん、フリーランスの編集者はたくさんいますが、その原稿の発表の場は媒体のブランドの元で行われるのが通常です。デスクがいて、編集長がいて。さらに は発行人も別に存在します。刊行内容の責任も基本的には、団体責任。一方、キュレーターは個人で判断し、個人で発信されていることが多い。逆に個人名の発 信であっても、組織との関係性が強くなってしまうと、それはキュレーションではなくなってくるイメージです。


違いその4
編集者はマルチプレーヤー。
キュレーターは専門家。


そ の就業形態にも関連するのですが、編集者は基本的に版元から依頼を受けて取材活動をします。持ち込み企画であっても、承諾を受けて一定の取材方針の元、業 務にあたります。なので、その都度担当分野が異なってきますし、そうでないと務まらないのではないでしょうか。一方のキュレーターは、とことん誰よりも深 い洞察ができる分野を持って極めていることが、その存在価値となるでしょう。


違いその5
編集者は「ゆらがない」のが美徳。
キュレーターは「ゆらぐ」から面白い。


編集者はあるブランドの元、複数のチェック体制で論調を修正しながら進めるので、発信内容にブレが生じないシステムになっています。論調がブレないことがアイデンティティとなっています。
一 方のキュレーターは個人の見識のレベルなので、時々内容がある方向に振れたり、戻ったりしがちです。また、発信内容には私生活のことや全然関係のない趣味 のことなどもまじったりします。フォロアーにとっては、それも一つの楽しみであり、セレンディピティの源泉となっています。


違いその6
編集者は発行(提供)する。
キュレーターは会話(共有)する。


読 者に対するスタンスも違ってくると思います。編集者は推敲を重ね、ゲラを重ね、校閲を重ね、一発勝負で世の中に論旨を問います。キュレーターはもう少し会 話型というか、小出しに視座を披露しながら、反応を確かめつつ、軌道修正し論旨を固めていくイメージです。時には「ごめん、間違ってた」くらいのスタンス も許されるのではないでしょうか。


違いその7
編集者は「センス」を提供する。
キュレーターは「視座」を提供する。

これは全くのイメージなのですが、編集者は「カッコよさ」「センスの良さ」を見せつけることを快楽の源泉として活動しているように思います。一方のキュレーターは「目からウロコ」「そんなのアリ?」というモノの見方(視座)の提供に価値を置いて活動しているイメージです。

どっちにイイネを押す?
A. 震災被災地への支援をしよう。というNPOのページ
B. 週末は美味しいビール!クリックでクーポンGet
⇨A.のようなNPOのページはクリック率が高い。通常の10倍ほど

どっちをRTする?
A. 1tweet, 1smile エイズで親を失った子供へ支援を
B. ◯◯自動車のキャンペーンRTすれば
⇨A.は1週間に6500ツイート。広告などは一切なし。企業だった数百万円くらいかけて行わないと難しい数。

人々は何に共感して、RT・Likeするのか
『問題意識』

■観察

運がいいと思っている人と運が悪いと思っている人に新聞をもたせ写真を数えさせる
運がいい人は数秒で正解したが、運が悪い人は正解しなかった
新聞には、「数えるのをやめてください。43枚の写真があります。」と大きく書いてあった。
運が悪い人にもう一回似たような実験をしても文章を発見した人はいなかった。

目の前にあっても見ていないことはある。
創造性の観点では観察は重要な要素。


■前提を疑う

・マインドマップなどを使ってブレインストーミング
・最高のアイデアを考えた後最低のアイデアも考えてみる
・関連性のないものを組み合わせてみる(Metaphor)
・問題を定義しなおす


■空間

・幼稚園ではカラフルで目的によって配置が変えられる
・小学校などへいくと、画一的な空間(同じ椅子、机)へいき、会社もパーティションで仕切られた画一的な空間で仕事をする。


■チーム

チームで仕事をするときは相手の役割を理解する必要がある

人には6つの役割があって帽子で色分けしてみる

緑:アイデアを出す
赤:感情で引っ張る
青:段取りを中心に考える
黄:みんながうまくいくか考える
白:事実を中心に考える
黒:ダメだし

これらの役割を果たす人がバランスよくいて、
相手の役割を理解していないとクリエイティブな職場はいい方向にいかない。


■時間

・プレッシャーは短いと効果があるが、長いと効果がない
・期間が短いとプレッシャーが目標になる

・実験する姿勢を持つ
・なるべく早く何回も失敗すること

580 名前:(‘A`) 本日のレス 投稿日:2007/12/26(水) 16:25:54 O

「葬式は、死んだ人のためではなく残された者を励ますためにある。

 葬式の時読んでるお経でも、供養のためのことなんて

 一言も言ってない。生きるための秘訣とか理想みたいなことを

 延々と言ってるだけだ」

調査/アンケートは思いつきでフォロワーに聞く。社内でブレストするより結論が早い
毎日15分必ず勉強するやつと、週に1日3時間勉強する奴では、毎日やってる奴が圧勝するようになっている

私の人生において言われた心に残る16の名言*ホームページを作る人のネタ帳 (via ssbt) (via sakuma)

そりゃー15分毎にその内容を吟味,咀嚼,消化する時間が23時間ちょいも確保できる方が有利だわな。一日15分なら生活を圧迫もしないし。

(via mocrlbmut) (via tundere-force) (via tumbtumb) (via ak47) (via biccchi) (via mcsgsym) 2009-05-03 (via gkojay) (via mitukiii) (via wayayaya) (via ideaaedi) (via mitaimon, mitaimon)

ちょっとだけ、過去の有名なお話をしてみよう。

この話を聞くと、どうして勉強が必要なのかがわかると思うんだ。

えーと、みんなはスティーブ・ジョブズって人を知ってるかな。

アップルっていう会社のボスだね。

アップルは、ケータイとかパソコンとか音楽プレイヤーを作ってる会社で、他の会社が作らないような新しい製品を出すことで知られてる。

その製品が出すたびにバカ売れしていて、今ではアメリカでも有数の大企業になってる。

さっき調べてみたんだけど、アップルという会社の価値(2011年時点の時価総額)はだいたい25兆円なんだって。

日本で一番大きい会社のトヨタでも11兆円くらいだから、その2倍以上の価値があるってことになる。すごいね。

スティーブ・ジョブズは、アップルという会社を作った人。そして今も画期的な製品を提案し続けているエライ人。

さて、そのジョブズさんが、アップルを作ってからまだそれほど経ってない1980年頃のこと。まだ携帯電話も普及してない、アップルがパソコンを作る会社だった頃の話。

当時、ジョブズさんは、物を売る能力が高い人を探してた。アップルで作ったパソコンをたくさん売ることができる人が欲しかったんだね。

ジョブズさんが目をつけたのは、ペプシコーラ社(あの炭酸飲料のペプシコーラを作ってる会社ね)の幹部だったジョン・スカリーさん。

スカリーさんはペプシのCMに新しい手法をいろいろ取り入れて、売上を大きく伸ばした人だった。

ジョブズさんはアップルが作ったパソコンをたくさん売るために、スカリーさんをアップルに引き抜こうとしたわけ。

この時、ジョブズさんはスカリーさんの心をつかむために、こんな決めゼリフを言ったらしい。

「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかみたいか」

(Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to come with me and change the world?)

アップルっていうのはIT系の画期的な製品を作る会社。そこで作られたものは実際に世界に大きな変化を起こしたりしてきた。

もちろん砂糖水を売ることだって大事な仕事だ。ペプシも、コカコーラも、キリンも、アサヒももいなくなっちゃったら、僕らはジュースが飲めなくなってしまう。

それに、ペプシしそは(世界を変えたりはしなかったけど)僕の世界観を変えた画期的な砂糖水だ。

でも、そういうことは置いておいて、世界を変える仕事って言われると、ちょっとグッとくるよね。

さて、そんなジョブズさんのお話を聞いてもらったところで、勉強の話に戻ろう。

えーとね、僕はこういうことだと思うんだ。

砂糖水をレジで売るだけなら、小学校までの勉強で十分だよ。

でも、たとえば砂糖水を売るだけでも、いろんな種類の仕事が関わってくる。

今年の夏に砂糖水がどれだけ売れるかを予測して、商品をどれだけ作るかを決める仕事を任されたとする。

たくさん作り過ぎたら余ってしまって損をするし、作る量が少な過ぎて品切れになってしまったら、もっと売れたはずなのにと後悔することになる。

だからこれまでの売れ行きとか気温とかのデータをたくさん集めて、少しでも正確に予測しようと、数学の知識とか統計の知識を活用することになる。

これはかなり高度な知識が必要になる仕事だ。とても小学校レベルの数学ではできない。

砂糖水を作るための機械を設計する仕事をに就いたとする。すると、中学の理科でやっていることを数段難しくしたような知識が必要になる。物理も電気工学も分からずに機械を作るのはちょっと厳しいからね。

小学校までの勉強しかしてないと、やれる仕事はすごく限られる。それが、中学校の過程をマスターすると、もう少しやれることが増える。高校、大学と勉強を続けていけば、どんどん自分がやれる仕事は増えていく。

もちろん、学校の勉強がそのまま役に立つというわけではなくて、「こういう仕事をやりたいなぁ」って思った時に、それを実現するための基礎になってくれる。

野球をやるにはまずキャッチボールくらいはできないといけないし、バットの振り方くらいは知っておかないといけないよね。学校の勉強はそういう基礎的なことを教えてくれてるんだ。

僕はプログラマっていう仕事をしてる。プログラマはだいたい中学1年生くらいの数学の知識があればできる、それほど難しくない職業。

でも、プログラマの中にもレベルがあって、たとえば敵がたくさん弾を撃ってくるようなシューティングゲームを作ろうとすると、もう少し上の学年の数学の知識が必要になる。

他の人よりも速く動くプログラムを組もうとすると、アルゴリズムとか数式とか、高校や大学でやるような数学の知識も必要になる。

普通に生活できるだけの給料を得られればいいやと考えていたら、そこまで難しい知識は求められないけど、僕は世界を変える仕事がしたいなって思ってるから、そうも言っていられない。

僕は高校で文系を選択してたから、数学の勉強はちょっと苦労してる。でも、赤点を取らない程度には高校数学も勉強したから、苦労はするけど、参考書を頼りにゆっくり読めば、なんとか難しい数式も理解することはできる。

もし小学校までの算数しか知らなかったら、僕は数式が読めずに、たくさんの知識を理解できないまま放り出してしまったかもしれない。

それからプログラマは英語が読めるととても有利。日本語に翻訳されていないたくさんの英語の資料を読むことができるから。

学校で英語の勉強をしていなかったら、英語の資料を読むのももっと苦労してただろうなって思う。

学校の勉強がそのまま役に立つことは少ない。でも、僕が学びたいと思ったことの基礎には、たいてい中学で勉強した数学の知識であったり、物理の知識があったりするんだ。

だからね、僕は心から思うんだ。学校の勉強を、それなりにやっておいて良かったって。

『高校を途中でやめて就職した人と、高校頑張って通って大学行って就職した人の収入差は8000万円。高校三年間を1000日として計算すると、学校に行くという行為はそれだけで日当8万円の価値がある。さて明日から学校どうする?』
以前Twitterで回って来た呟きが印象的だったので記録しておこう。 (via chichirupu)
「熱中症って超ゆっくり言ってみて?」
好きな子「…ごめん。それ、知ってる。ごめんね。ほんとごめん。まだそういう気持ちには…ごめんね。」

江戸の町人は7割が男、男が余って一生独身の奴らばかりだから風俗が流行
女はオカメでもモテモテなので、かかあ天下になりやすく不倫や離婚も多い

長屋の大家は住人のウンコを農家に肥料として
売る契約をして成り立ってるので家賃が安い

基本、普段はプラプラして金がなくなったら仕事をする生活
天秤棒担いで、仕入れたものを何か売ったり
ロウソクの欠片や木の灰を集めたり
何か手伝う事ないかーなんて叫ぶだけでも日銭は稼げた

すぐ火事になるから家具とかにも金をかけない
飯は白米を一食二合
殺人は勿論、詐欺でも死刑なので
スリさえ気を付ければ治安は上々、戦争も当然ない

酒飲んでソバ食って春画みてオナって寝る
そんな毎日

コピペ新聞 - 江戸の日常

補足。

女は結婚する時にあらかじめ男に三行半(いつ離婚しても文句いいません覚え書き)を書かいてもらって持っておき、離婚したくなったらそれを使う。
三行半を書いてもらわなかった場合は駆け込み寺へ行って一定期間別居すれば離婚成立。

町人階級には基本的に「姓」は無いので、夫婦別姓とか子どもの姓はどっちとかいう議論は発生しない。名字帯刀を許された町人階級(お金持ちや町内会長的なポジションのおうち)は現代と同じ。
公式の場では名乗れないけど、通称として内輪で名乗る姓は一応OK。歌舞伎役者の名跡なんかはその扱い。 
一般人は「住んでる地名 or 出身地+身分+名前」が正式の名乗りになる。都市生活者だと浪人とか町人っていう身分の他に、住んでるところが曖昧(借家を転々としてるような)で定職に就いてない(商家の使い走りとか、日雇い運送業とか博打打ち etc)のは「無宿(むしゅく=アウトロー)」扱いになる。

離婚経験者や夫と死別した女性はモテた。
妻としての経験を積んでいる(性的にも家事の面でも)という理由。
子持ちだと「子どもを産む能力がある」という証明があるので、やっぱり人気。 
未通娘が良しとされたのは、先出の名字帯刀が許された町人と武士の娘くらい。誰が父親かはっきりしている子どもじゃないと困るから。

ここからは上方の風習。

上方の都市では武士=勉強も芸事も商才も何も取り柄が無い人の職業、という意識が強い。
というのも、上方の都市(京都・大阪・奈良など)は幕府の直轄領なので、上方の都市に住んでる武士はお殿様に仕えてる藩士ではなくて、江戸から派遣されて来るキャリア組の代官の下で事務処理だけやるのが仕事だったため。

商家では自分の息子で出来の悪いのが居ると、武士の養子の権利(株という)を買って、商売と自分の家から切り離した。

そんなわけで、お店のオーナー一家に息子と娘が居て、息子に商才無しとオーナーが判断した場合は、娘と一番番頭や職人の若手No.1などを結婚させて店を継がせるのが一般的。
むしろ、博打要素の高い息子を若社長として育てるルートより、 丁稚や見習い(どちらも小学校低学年くらい)の頃からオーナー子飼いで育てた部下を婿養子にする方が手堅かったらしい。

上方の都市は男女半々くらいの人口比だったので、江戸ほど男余りではなかった。
そのため、歓楽街の風習も異なる。

江戸の吉原では花魁のような高位でも一晩に数人の客を取る「回し」が一般的。
数部屋に客をばらばらに待たせておいて、ヘルプの芸者や新造(半人前)にお酌や芸をさせておいて間を持たせ、掛け持ちする。

客もそれを前提としているので、待つのも遊びのうちとして割り切っている。

また、大門からの外出は厳禁。

上方の歓楽街、京都の島原、大阪の新町では、客は基本一晩一人。
遊郭の外に同伴で遊びに行くのも可。ただし、別料金。

京都はお寺が多いので、陰間の需要が高かった。江戸時代の僧侶は浄土真宗以外、基本的に女犯禁止のため。

男性の同性愛は世間一般常識上ノーマル。
むしろ生殖目的ではないので、異性愛よりプラトニックで高尚という意識。

(via miki7500)

(via skaholic)

(via otsune) 2009-10-02

(via toronei)

(via foursics)

(via chohgenkimf, konishiroku)

(via edieelee)

(via dobinn69) (via x-117)

(via uncate) (via mitaimon) (via 0shun) (via stratums) (via kitutuki) (via motovene) (via gutarin)

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May 12, 08:00 PM

確実に花葬です。

Hydeのこの揺れを抱っこで再現してあげてください。
まず寝ます。

May 07, 08:00 PM

仕事が終わりません。
ここんとこ休日出勤して作業してます。

そういうわけであまり子供の面倒も見れてないですが、帰ってから娘の寝顔を見たり、朝起きてちょっとだけ絡む娘との時間がとても楽しい時間になっています。

仕事は大変なんですが、それでも子育てよりは圧倒的に楽かなぁと思っています。
というのは、仕事は失敗しても会社が儲からないだけのことだけど、子育ては失敗した場合、最悪命に関わったりするし。あと部下は育てなくても自分が仕事をする、もしくは他の部下に振るなど代替案があるけど、子供は育てないとやっぱりうんこまみれになったりして大変だから。

まだ娘は3ヶ月です。意思疎通ができないので、彼女を見る時、人間、自分の娘としてかわいいと思う、というよりも、犬・猫を見てかわいいと思う感覚が近しいと思っています。

表情が出てきたり、声を出したり、成長してできることが増えてくることがまた楽しいですね。

やばい。眠い。
帰ろう。

娘が産まれてやっぱり俺も少し何かが変わった気がしています。
なんだろね。


じゃ。

March 25, 08:00 PM

こういう中途半端に飲んだような日は、逆に頭が冴えてきて、仕事の考え事がはかどって眠れなくなったりする。
本当はラーメンが食べたいのだけど近くにないのでコンビニでおにぎりとサンドイッチを買って食べる深夜3時。

「青春って毛虫が繭になって拷問のような日々を過ごすのに似ているね」

サリンジャーの再来と言われているのを聞いて最近読みだした本。
残った酒で頭の芯が麻痺しながら感じることは、こういうナイーブさってのは、先進国の中流階級の若者達のスノッブな自己陶酔なんだということ。日々生活に追われ日銭を稼ぐような後進国の若者はこうはならない気がする。もっと正確に言うなら、そんな暇がない。
そしてきっと本も読まない。

改めて青春は終わっていたんだなぁと思った。
着実に遠ざかっている。

February 06, 07:00 PM

一週間前に子供が産まれた。
母子ともに元気だ。
明日嫁が退院するので、子供は嫁と実家に行く。
その実家には俺も行くことになっている。
自宅と実家は隣の駅なので近い。
とても助かる。



俺は産まれる前と産まれた後で大きく気持ちが変っている事に気がついた。
俺はそれに正直驚いているのだけれど、俺の心の方は「何が?」と言いかねない勢いで当たり前に変化していたようで、今俺と俺の心の間でコンセンサスが取れていない。

■出産以前

  1. 赤ちゃんはめんどくさい
  2. 赤ちゃんを可愛いと言ってる人の気がしれない
  3. 男は自分の子であることの確証を得られぬままそれを受け入れて育てるもの*1
  4. 子供はなんだかんだ言って嫁のもの*2
  5. なんとなく俺とは関係なさそう

■出産以降

  1. 赤ちゃんに会いたい
  2. 赤ちゃんを見るとすこし胸が苦しくなる
  3. なんか俺に似てるらしい、ホントか?
  4. 子供を甘やかして俺派にしたい*3
  5. おむつとお風呂をやろう

赤ちゃんは一度手を出すと辞められなくなる。

自分の心の変化に「驚く」といった事は人生で初めてかもしれない。
どういう仕組みでそういう変化が起きるのか誰かに説明してほしいくらいだ。
全くわけがわからない。

*1:もちろん嫁の不貞を疑うとかではなく

*2:ものって言うのもアレだけれど

*3:子供と結託して嫁を仮想敵国としたい

January 30, 07:00 PM

妻が出産に備え入院をした。誘発分娩で明日あたり出産予定。

「できれば出産前は不安なので来て欲しい」

まぁその、普通のテンションで、当たり前の事を妻に言われただけなのだけど、ちょっとしたヒーロー気分でよろしくタクシー飛ばして会社帰りに面会にいった。

「お客さん通院?元気そうだから違うか」

事情を話し面会時間ぎりぎりだという旨を伝えると、子育てについて、民主党の悪口、をべらんめ調で話しながら、黄信号を無視したりして急いでくれた。
よく考えてみると、具体的に何ができるわけではないのに必要とされる事っていうのは俺の人生にはなかなかない事だなぁと思った(これは感傷に浸るというよりも事実認識として)
また、これは非常にむずがゆいことだと思う。



面会終了15分前着。エレベーターで病棟をあがる。
部屋番号がやたら大きくて、慌てるな俺と言う。
一周ぐるっと回って、ようやく間違いを認めてナース室の人に聞くと

「産婦人科はあっちですよ」

と笑顔で正しい場所を教えてくれた。
なんというか、大げさな話、タクシーの運ちゃんの親切さという流れもあってか、この時俺はちょっとだけ感動してたかもしれない。すべての世の中はこうあるべきだ、多くの人に笑顔で送迎され光り射す方へ導かれるべきなのは妊婦の旦那だけではあるまいに、と。

嫁は同室の妊婦とわきあいあいあいとやっていた。
ヒーロらしい会話もいっさいせず、明日の実際的な話を確認して、
「日中仕事を抜けるわけには…」
とかゴニョゴニョ話をしてきた。
で、嫁の実家で報告がてらご飯を頂いて、家に帰ってきた。




それでいま家に一人。
タバコを部屋の中で吸っている。
ベランダで吸うのは寒くて億劫だったので、これはいいやと初めは思ったのだけど、手軽に吸える分、馬鹿みたいに吸ってしまい気持ち悪い。
こうして久しぶりに一人になってみると、嫁が時計代わりになっていたことに気づいた。
嫁が風呂へ入ったら「ああもうそんな時間かぁ」みたいな。
いなくなってみてから初めて気づいたシリーズなんだけれども、嫁は正確にはいなくなったわけではないので、まぁそういう寂しくなるような事を考えるのはこんくらいで辞めとく。


じゃ。

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