なにかを生みだすためには、言葉がいる。
岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。
混沌とし、ただ蠢くばかりだった濃厚な液体を。
ひとのなかにも、同じように海がある。
そこに言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。
言葉によって象られ、くらい海から浮かびあがってくる。
— via「舟を編む」三浦しをん
誰かの情熱に、情熱で応えること。
西岡がこれまでに気恥ずかしくて避けてきたことは、
「そうしよう」と決めてしまえば、案外気楽で胸躍る思いをもたらした。
— via「舟を編む」三浦しをん
どれだけ言葉を集めても、解釈して意義づけをしても、辞書に本当の意味での完成はない。
一冊の辞書にまとめることができたと思った瞬間に、
再び言葉は捕獲できない蠢きとなって、すり抜け、形を変えていってしまう。
辞書づくりに携わったものたちの労力と情熱を軽やかに笑い飛ばし、
もう一度ちゃんとつかまえてごらんと挑発するかのように。
— via「舟を編む」三浦しをん
「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」魂の根幹を吐露する思いで、荒木は告げた。
「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かび上がる小さな光を集める。
もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。
もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「海を渡るにふさわしい舟を編む」松本先生が静かに言った。
— via「舟を編む」三浦しをん
失敗は誰でもあるんや。
なんぼ失敗しても、すねたらあかん。
わかったやろ。
すねたらあかんのやで。
— via「泣き虫ハァちゃん」河合隼雄
ケンカぐらいしてもええけど、嘘は絶対にあかんで。
— via「泣き虫ハァちゃん」河合隼雄
ほんまに悲しいときは、男の子も、泣いてもええんよ。
— via「泣き虫ハァちゃん」河合隼雄
「ほら、三島。君のせいで、未来ある若者がこんなにしょんぼりしてしまったではないか」
三島はとても嫌そうに眉間に皺を作る。
それから溜め息をつくと、
「間違いは、あなたがそれを正すのを拒むまで間違いとならない」と鋭い声を発した。
— via「PK」伊坂幸太郎
独創的な発想を、なんて命令しておいて、
いざとなったら無難に日和ってブレーキをかける。
一番大事な決定は一課のレベルには預けない。
— via「県庁おもてなし課」有川浩
まあ、自治体というもんは効率よりも公に言い訳が立つことを優先せなあいかん組織よ。
— via「県庁おもてなし課」有川浩
民間企業でもプロジェクトに対するバカバカしい横やりは発生する。
吉門自身も作家になる前、勤めていた商社で体験した。
利益を生み出す企画だと分かっていても、
それを手柄にできるのが自分でないならいっそ潰れてしまえという理屈は存在する。
概ね管理職の層で起こる軋轢だ。
だが、企業なら横やりを仕掛けられる課もそれを甘受することはない。
右の頬を張られたら左の足を素知らぬ顔で踏み返す。
グレーゾーンで反則スレスレの駆け引きを展開しても、話が通ればそれで勝ちだ。
勝てば官軍、利益を出せば勝ち方に文句をつける奴はいない。
— via「県庁おもてなし課」有川浩
蛇口全開で何時間も水出しっぱなしにする並の無駄遣いした後に、
一滴二滴を慌てて惜しむような真似してもさあ。
蛇口全開ですよって指摘したの俺なんだし、最後まで話聞いとけば?
あのさ、あんたがいるその建物の中じゃどうか知らないけどさ、
その外じゃ時間って一番高い商品なんだよね。
— via「県庁おもてなし課」有川浩
朝と晩に、ぽつりぽつりとくるメールになんとなく春を感じています。
内容がとくにある訳じゃないけど、
お互いが許されたいと思っているような気配を感じてすこし救われた気持ちでいます。
笑って「ごめんね〜」が言えたら良いと思っています。
大人になるのも悪くない。
— via forgive me. by KEIKO YOSHIDA
どこかで雨が降る。そこに人がいる。傘をさすのか。濡れて歩くのか。
それとも立ち止まり、首を縮めながら、雨がやむのをじっと待つのか。
何が正しいかなんて誰にも判断することはできない。
しかし行動の結果は思わぬかたちとなって牙を剥き、
人の運命を一瞬でコントロールしようとする。
ときには人生の足場を跡形もなく消し去ってしまう。
それでも最初の選択は当事者の胸に押しつけられる。
人は、手にした傘と空とを見比べて立ち往生するしかないのだろうか。
— via「龍神の雨」道尾秀介
思えば、胸に苦しみを抱えた人が墓へ足を向けるのは、
死人に耳がないことを承知しているからこそなのかもしれない。
土の下の大切な相手に、自分の声が届いてしまうのであれば、蓮もここへは来なかった。
もし、母がいま耳を持っていて、蓮と楓の現状を聞き知ったとしたら、
きっと迷子のように声を上げて泣くだろう。
往路も出口も塞がれた暗い露地で、いつまでも泣くだろう。
— via「龍神の雨」道尾秀介
当たり障りのない答えを返すと、そう、と岸本は目を細めた。
頬の上に、優しく小皺がわいた。
それはきっと、
これまでたくさんの嘆きや哀しみを目にし、
それらが持っている差異や共通点を、
厭というほど見てきた人だけが浮かべることのできる微笑みだった。
その微笑みが無性に温かく、そして遠く感じられ、
蓮は墓石の並んでいるほうへと視線を移した。
— via「龍神の雨」道尾秀介
どこまで行けば、自分は最悪にたどり着けるのだろう。
— via「龍神の雨」道尾秀介
東京にいる知人が、
「佐川急便が営業所までなら運んでくれるようになった」と連絡してくれた時だ。
彼は、「そこにカップラーメンやら何やら、どんどん送ります。
知り合いがそれを全部取りに行って、自動車でみんなに配ります」とメールで送ってきた。
そして、「お願いしたいことは二つあります。
一つは、被災地以外の知り合いで、物資を送ってくれる人がいたら、
呼びかけてくれませんか?」とあり、「もう一つは」と続いていた。
「もう一つは、もし、カップラーメンが大量に余ったら、一緒に食べて下さい」と。
それが可笑しかったのか、それとも頼もしかったのか分からないが、
その頃、原発事故のニュースに見入って、怯えてばかりだった僕は、
少し気持ちが楽になり、やはり泣いた。
役に立たない人間ほど、よく泣く。
そういう諺があってもいいようにも感じる。
— via「仙台ぐらし」伊坂幸太郎
ふとナンバープレートを見ると、「新潟」と書かれていることに気づいた。
「あ、新潟から来たんだ」と誰かがぼそっと言うと、別の誰かが、
「夜、出てくれたんだね」とささやく。言われて、はっとした。
確かに、その時間に仙台に到着しているということは、
夜のうちに新潟を出発してくれたのかもしれない。
準備やら移動を考えると、地震のことを知って、
さほど時間が経たぬうちに、こちらを助けるために出てきてくれたのだろう。
あちらこちらでそういった人が、働きはじめているに違いなかった。
感動というべきなのか、感謝というべきなのか。
もしかすると震災後、最初に泣いたのはその時かもしれない。
— via「仙台ぐらし」伊坂幸太郎
「ライターをやっているんですよ」と僕は答えた。
最近は仕事を聞かれると、いつもそう言うことにしていた。
小説家という言葉の持つ雰囲気は、
僕の現状よりも偉そうな気がするし、
以前、知人に、「本を作るのにいくらかかるの?
ああいうのって、家にたくさん余ってるんでしょ。
一冊もらってあげるよ」と言われて以来、
「小説を書いている」とはなかなか口に出しにくくなっていた。
— via「仙台ぐらし」伊坂幸太郎