niwatorihiyoko ニワトリ裏路地にひっそりと営業している居酒屋の店頭にあった張り紙。センスあり過ぎwww http://pic.twitter.com/IOO4CMGn
歩行者用の信号機。東西に向かうのがカッコウの鳴き声。南北に向かうのがヒヨコの鳴き声。これは視覚障害者が向かっている場所の目印に使うために採用されたこと。
ジューサーの中に金魚と水が入っていて、スイッチだけリモコンで、観客の側に置かれる。観客は誰もがそのスイッチを押すことができるようになっていて、「いつでも金魚を殺せる」という、その感覚が展示になっていた。
この展示で、実際にボタンを押せた人はたぶんいないのだろうけれど、これをたとえば、ジューサーに入れた金魚をインターネットで公開して、ネットの向こう側にいる誰もが、匿名のままそのボタンをクリックできるようにしておくと、誰かがボタンを押してしまう。多数決ルールを導入して、「ボタンを押した人が累計で10人を超えたら、ジューサーの電源が入ります」という看板を出しておくと、ボタンが押される閾値はますます下がる。
匿名ルールを廃して、たとえばTwitter のような、押した人をある程度トレースできるメディアで展示を公開しても、状況はそんなに変わらない。IDの追跡が可能になってしまうと、今度は逆に、あえて押してみせることを、一種の表現として利用しようという人が出てくるだろうから、金魚の命運は、やっぱり危ういままになってしまう。
恐らくはたぶん、「ボタンは誰でも押せます。累計で10人の人がボタンを押すとジューサーが回ります。その代わり、10人のうち1人だけ、押した人の氏名が公開されます」という但し書きが、金魚の生存確率を高めてくれる。
売名目的の人にしてみれば、自分の名前が公開されない可能性があるならば、自分の行為が無駄に終わってしまうリスクがあるし、怖いもの見たさの人は、「10人のうち1人」という理不尽さがためらいを生んで、やっぱりボタンは押せないだろうから。
完全匿名も、完全公開も、「完全」が、ルールに対する過度な信頼を生んで、常識の垣根を踏み越えて、ぎりぎりまでやる人たちを生み出す。確率論的な理不尽さを持ち込むと、ルールはもう、誰からも信用されなくなる。ルールに対する不信が自制を生んで、自制は落としどころとしての常識を生み出していく。
907 名前:名無しの心子知らず[sage] 投稿日:2012/04/23(月) 22:25:21.42 ID:d19VWjKG
5年生になった長男、クラス替えで超真面目なクラスメートに囲まれる
ハメになり、毎日疲労しているらしい。
「何故人は生きるのか?とか本気で言うんだぜ、気が狂いそう」と愚痴っていたが
今日、家にきた友達が本当に「人生が云々」と言い出したので驚いた。
友達「お前、人生で一番大切なものって何だと思う?」
息子「パンツだ」(即答)
友達「えっ!な、なんで」
息子「考えてみろ、パンツなしでノーパンで暮らす人生を。
どんなに善いことをしても、おまわりさんに追いかけられ、女にはキモイ死ねと言われ
教師になればノーパン教師、総理になってもノーパン総理と呼ばれるんだ。
パンツさえはいてれば、人生大抵のことは大丈夫だ。な、パンツは大事だろ?」
友達「・・・うん、そうだな。お前の言うとおりかもしれない」
すげえ、勝ってるじゃん!!と、一瞬息子を誇りに思ってしまった自分が情けない。
世の中にある全てのものは「誰か」に向けて作られている。
自分が、ソレを気に入らなければ「ああ、これは俺がターゲットでは無かったのだ」と思えばいい。既製品の服を買ってきて、俺の体系と合わない。とグダグダ言うならばオーダーメイドすればいい。
ネガティブキャンペーンやってる場合か。遊びもしないゲームを、読みもしない漫画を、興味もない声優を、知りもしない議論を。
上から目線で語って悦に入るのはどうか。既にある物に対してああだこうだ言うことは、とても簡単だ。
自分が作れもしないゲームを、描けもしない漫画を、出来もしない活動を、上から目線でああだこうだ言うのは自尊心を満足させる。その実自分は何者でもない。
安すぎるプライドだ。プライドの使い場所が違う。
甚だしい自我の肥大は見ていて不愉快、というか哀れに感じる。
そんなところで、プライドを満足させていては、帰着するところは何も成せない人間だ。
だから、現実を直視せずに、安いプライドを満足させ続ける。
読点が多すぎる文の最大の問題点は、読点が多すぎると、語句の修飾関係がわかりにくくなる
ことです。さらに読点が多すぎる文章は、
読点が多いというだけで読みづらい
ものになります。たとえば石黒圭・筒井千絵(2009)では、次のような例を挙げています。
(A)茶色い目のかわいいぬいぐるみをもらった。
これでは、「茶色い目」なのか「茶色いぬいぐるみ」なのか、あるいは「目がかわいい」のか「ぬいぐるみがかわいい」のかわからないとして、次のように読点を打てば意味が明確になるとしています。
(B)茶色い、目のかわいい、ぬいぐるみをもらった。
これで意味は明確になったけれども、短い間隔で読点が打たれているため、文の流れがそのたびに止まってしまってかえって読みにくくなり、読者に悪い印象を与えると指摘しています。そこで、次のように語順を入れ替えます。
(C)目のかわいい茶色いぬいぐるみをもらった。
このように語順を入れ替えるだけで、読点がなくても誤解されることはなくなっています。
ここから言えるのは、読点が多い文は、語順が悪い可能性がある
ということです。特に翻訳の場合、原文の語句や節の修飾関係をそのまま訳出すると不自然になることが多く、注意が必要です。
「死体が出来ることはするな」と書いてあります。
具体的にはどういうことでしょうか?
たとえば「たばこを吸わない」は死体でも出来ちゃいます。また潜在意識は「たばこ吸う」だけを認識してしまうので「たばこ吸いたいなあ」と思ってしまうのです。これは逆効果らしいのです。
むしろ「気分転換をしたいときはストレッチと深呼吸をする」みたいに決めておいたほうが、その行動をしやすいということです。
貯金でも「お金を使わない」ではなくて「500円玉があったら貯金箱に入れる」みたいな具体的な行動を決めちゃったほうが貯まりやすいということです。
ナマケモノの本気出さなさは異常
子ナマケモノが親ナマケモノから自立 して一人で生きていくみたいな映像で、
子ナマケモノが隣の木に移っただ けなのはワロタ
エスカレーターの手すりは、定期メンテナンスの際に
- のぼりはほんの少し手すりの方が早くなるように(そうすれば前のめりになるかもしれないが、エスカレーター山側に倒れるので転げ落ちる可能性は低い)
- くだりはほんの少し手すりの方が遅くなるように(そうすれば後ろのめりになるかもしれないが、エスカレーター山側に倒れるので転げ落ちる可能性は低い)
それぞれチューンしておくのだそうです。どれぐらいずらしておくかは、その機械の精度と古さ(ベルトを駆動するローラーの古さとか磨耗具合とか)、そしてエスカレーターの長さと、次にメンテナンスに来る時期に依存するそうです。
エスカレーターと手すりの速度 - okky の日記 (via otsune) (via vmconverter) (via jacony)
おお、同期してないのって意図的だったのか。
(via yoosee)
2009-06-04
(via gkojay) (via sai10t) (via jrgamo) (via sierra7) (via petapeta) (via kuriz) (via mmqqbb) (via tundereforce) (via k32ru) 今週一番の膝ポン まだ月曜日だが・・ (via highlandvalley) (via g0g0cha)
1970年代後半、松下電器(現 パナソニック)は当時発売していた電子レンジ「エレックさん」にちなみ、調理する行為を「エレックする」と名付け普及・定着を試みたが、結局極一部の範囲に留まった。
チンパンジーは他のチンパンジーの群れを襲い壊滅させて乳のみ子にいたるまで虐殺せしめその肉を喰らっても毛ほどの罪悪感も感じないけど、ゴリラはうっかりゴリラパワーで小動物殺してしまうとショックで寝込む(本当)
(via 「飛び込み営業1分300円」でお相手致します。 - KandaNewsNetwork)
それでも、ホントに自信のある営業マンなら、5分お願いしますといって、1500円を差し出すかもしれない。 1,500円で見込み客がしっかり話を聞いてくれれば安いものとも考えられる。
124 名前:名無しさん@お金いっぱい。[sage] 投稿日:2012/03/05(月) 13:24:28.26 ID:9qm4OItF0
深浦
僕、アイスクリーム頼みたいんですよ。メニューにも当然あるんでそれを頼みたいんです。それ夢なんですよ。やっぱりいいじゃないですか。冷たくて。もう最終盤とか火照った体をちょっと冷ますって感じで理想的に思うんです。ただ冷たいもの急に入れるとおなか壊しちゃうかなーって、ちょっと競った局面でリスクは負いたくないって。
本田
でもアイス来たらすぐに食べなきゃだめですよね。
深浦
そうそうそう。僕はずっと思ってて、羽生さんとタイトル戦の時に羽生さんが頼まれてて、僕はシュークリーム頼んでて「あー僕のシュークリームちょっと貧相だな」っと思っちゃったんですけど(笑)将棋もすごい佳境で、でもアイス運ばれてて羽生さん手つけないんですよ。途中から羽生さんのアイスクリームが気になってですね、いつ食べるんだろうって盤面みながら、おやつの方みたりして、こっちにちょっと動揺が出てきたんですね。
本田
アイスで動揺(笑)
深浦
10分15分経つごとにアイスクリームが溶け始めてるんですね、対局室も結構暑いですから。んでドンドンドンドン溶けだして、僕はもう気が気じゃなくて、「アイスクリーム溶けてますよ」って言いたくなるくらいだったんですけど。そのうちもう完全に溶けたんですよ。もう液状化されてバニラジュースみたいになってんですよ。でも羽生さんは全然意に介さなくて、「ああこれはもう将棋に没頭してるんだな」と僕も考えるの諦めて将棋のこと考え始めたんですけど、3時30分くらいですかね?やおらに羽生がその器を持って、バニラジュースを飲み始めましたね。ズズズッと飲み始めましたね。あれを見て「今日の将棋はダメだな、負けそうだな」と思いましたね。
他人から言われる前に自虐しておくっていう保身術がある。
自尊心を守って気分を楽にするにはなかなか有効な手段だと思う。
でも時々、あまりに多用しすぎているような人を見かける。
この保身術を多用してる人について考える。
この保身術の重要な点の一つに、「自分の気分が楽になるだけで何も解決してない」というところがあると思う。
例えばクズな人が自分のことをクズだと言ったところで無自覚のクズが自覚あるクズになるだけで結局クズだ。
だからこの方法を使わなくていいに越したことは無いし、多用している人は当然ダメな部分が多いということになる。
他人に指摘されるようなダメな部分を多く見せる人が嫌悪感を抱かれないわけがないので、多用している人は駄目だという結論になる。
あと欠点の多さに関わらず同じ自虐を何度も繰り返す人はもう充分そのイメージがついてるし改善する気が無いように見えるのでせめて自虐だけでもやめてほしいなと思う。
ここまでは的を射た自虐の場合の話だけど、多用している人ならではの更に厄介なパターンで、自虐が的外れであるというパターンがある。
個人的な見解だけど、例えば自分のことを出会い厨だと名乗る人は大体このパターンだと思う。
僕はそもそもネット上で知り合った人と会うことは何も悪くないと思っているし、ネット上で知り合ったせいで行動を大幅に縛られるなんて全く合理的じゃないと思っている。
出会い厨と言われる人が責められているのはその目的の部分で、ただ会って楽しく遊ぶだけなら何もやましいことではないと思う。
件の保身術を用いる人が出会い厨を名乗った場合の問題点は、自身が出会い厨であるかないかに関わらず出会い厨への悪意が見え隠れしているところだ。
その人が実際に出会い厨なら上記のパターンから言っても当然嫌悪の対象だし、そうでなくてもその人は「自虐」という認識で出会い厨だと言っているので、自身と同じように他人と会った人をも蔑んでいることになる。
一人で遊んで出会い厨を名乗る人はいないので当然会った相手がいて、楽しく遊んだその相手すら出会い厨呼ばわりして悪意をぶつけていると思うと、とんでもなく非常識な人間に見える。
それが意識してのことでも無意識のことでも非常識には変わりない。
上で挙げたことを考えると、他人から言われる前に自虐しておくっていう保身術は、やっぱり自分を守るためだけに他人を巻き込むずるくて自分本位な方法だと思う。
できるだけ使わないほうがいいし、まして多用している場合じゃない。
僕もたまにやってしまうけど。
これも上のパターンの一つ。
色と色の組み合わせについての話。
以前耳にして不思議に思ったフレーズ。
「この色とこの色、実は合うんです」
昔テレビを見ていたときに、芸人の私服のセンスを審査するコーナーでファッションに詳しいらしい審査員が言っていた言葉です。
そのとき審査の対象だった服装は上下がとても奇抜な色の組み合わせで、登場したとき審査員以外の人はみんな不思議そうな顔をしていました。
僕自身も全く合っていると思えず、その色は「合ってない」というのが一般的な感想のようでした。
しかし複数いる審査員の評価はとても高く、
高度な組み合わせで「実は合う」という解説。
これを聞いて僕は不思議に思いました。
「実は合う」ってなんだろう。
一般の殆どの人が「合わない」と思う、でもファッションに詳しい一部の人から見ると「合っている」らしい色の組み合わせ。
それは「合ってない」と思うんですが違うんでしょうか。
そもそも色が「合う」っていうのは一体誰が決めるんでしょうか。
僕は色が合うか合わないかについて一つの基準を設けて絶対的な評価を下すことは難しくて、それは結局個々人の評価の寄せ集めでしか決められないものだと思っていました。
でも違うようです。
多数決で決めても「合ってない」が勝つ、「実は合う」色が存在するらしい。
色彩について勉強すれば解決するんでしょうか。
ツイッターで下ネタ(特に性的なもの)を含んだ一連の流れを目にしたときに感じたこと。
僕自身はあまり言うほうではないけれど、基本的にチェッカー界隈に身を置いていることもあって、TLでいわゆる下ネタを含んだツイートを目にすることは多い。
僕は基本的に面白くさえあれば何でも受け入れるし楽しめるので、下ネタ自体を嫌っているわけではないのだけど、特に性的なものだとどうしても人を不快な気分にさせやすいものだという認識があって、僕自身が不快になることもあるし無闇に繰り返すべきではないと思っている。
早い話が面白くない下ネタは面白くない普通の話より好きじゃないし危険だと思っているということです。
それでここからは前提として、全て(僕の感性で)面白くなかった場合の話。
ツイッターでよく目にするパターンで、どうしようもない下ネタを言った人に対して他の人が空リプを送るというものがある。
特にセクハラじみた性的な下ネタのときに、なんでわざわざ回りの人は反応してるんだろうとずっと思っていた。
自分に対して直接言われたわけでも空中リプライでもないなら、空リプもせずに放置しておくか、不快ならはっきり言えばいいはずなのに。
僕なら確実にそのどちらかになる。
そのことについて考えていたら、一つの結論にたどりついた。
「下ネタに対してたしなめるように空リプを送っている人も、その下ネタが好き」だということだ。
つまりこの一連の流れは、下ネタが嫌いな人の役割も含め全て下ネタ好きな人達のやりとりだけで終始している。
この結論にたどり着いて、下ネタ好きな人達の自給自足・自作自演的な部分を感じてすごく気になった。
でもそれ自体は全く悪いことじゃなくて、普段意識してないだけで日常茶飯事なんだと思う。
ただ今回は自分にとって面白くなかったから気になったんだろう。
最後に、この文章自体があまり快い内容じゃないと思うので精一杯の言い訳としてもう一度繰り返したいんですが、これはあくまでセクハラだと言われかねないような性的なツイートに関する話で、それ以外の下ネタについては言及していません。
僕が下ネタが嫌いだって言ってるわけでもないです。
そもそも単純な下ネタが嫌いならチェッカー界隈にいられない気がする。
それでも最低限気になることはあるという話。
A君がツイッターで少しだけ出回っていたことを学校でB君に話す
(ツイッターで見たということは伏せる)
↓
B君が「友達に聞いたんだけど」と言ってツイッターでつぶやく
↓
B君のツイートが爆発的に広まる
↓
トレンドに入る
どこかのスレからでもツイッターからでもいいけど、元々ネット発信で広まった情報がオフラインの世界を経由してまたネット上に戻ってくるときがある。
以前ネットで見た情報が、「友達に聞いたんだけど」「友達が言ってたんだけど」という言葉とともに回ってきたとき特にそう見える。
こういうことが全くの無自覚で起こっているのを見ると、面白いとは思うけどちょっとだけもやもやする。
好きじゃないとかどうにかすべきだとかじゃなくて、ただちょっとだけもやもやする。
それだけ。
あと上の場合だとA君とB君はアカウントを教え合ってないっぽくて寂しい。
友「回文思いついた」
僕「へぇー、教えて」
友「ママ!僕は久保!ママ!」
僕「ママも久保やろ」
友「パパ!僕は久保!パパ!」
僕「だからパパも久保やろ」
友「ママ!竹やぶ焼けた!ママ!」
僕「どうにもできんやろ」
友「死んだ男子」
僕「急にどうしたん!?」