browneyes
INTEGRATIONS: xhtml, CSS, photography, Multibyte chars, EngRish, long hair, south asia, cheese, chocolate, ethnic foods and music.
More about me?
Posts
Recent tracks
-
平均律グラヴィーア曲集 第2巻 第19番イ長調BWV888 「フーガ」 by Edwin Fischer2 days ago
-
Every Time I Hear The News by Natural Black2 days ago
-
Mohabbat Kabhie Maine by Sonu Nigam2 days ago
-
Funk Shit (original mix) by Common2 days ago
-
Stressed Out by A Tribe Called Quest2 days ago
-
Koi To Sune Mere Gham Ka Fasan by Lata Mengeshkar2 days ago
-
Etude 12 - Anime by Norbert Kraft2 days ago
-
Welcome To The Terrordome by Public Enemy2 days ago
-
Mr Booster by Michael Palmer2 days ago
-
鏡 第4曲 道化師の朝の歌 by Monique Haas2 days ago
Top artists
Top tracks
-
3 plays
-
3 plays
-
3 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
くやしいけれど幸せよ by 奥村チヨ2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
2 plays
-
Bed by J. Holiday2 plays
-
2 plays
-
2 plays
Mixes
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
Mix Feed
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
-
Play
Likes
Favorites
-
rei harakami for ONE ARTIST LOVE MIX 1111 #ONEALMIX1111by dubstro...
-
Shera Di Khom - RDB feat. Ludacris, Akshay Kumar, & NAVby Threere...
-
Rang Laagaby CokeStu...
-
Nar Baitby CokeStu...
-
Gil Scott-Heron Tribute Mix by Gilles Petersonby gillesp...
-
Sufiana Qawwaliby Roman A...
-
SD fro Grenouille n°6 "Nadie a parte cumbia"by James S...
-
Introducing The Talented Mr. Spoek Mathamboby Another...
-
Summer Mattressby juanrom...
-
I want linguisticsby Zenit I...
-
Rampage remix. EPMDby slardy
-
I wona know youby FRANKYN...
-
Mr. Clean - DustBustinBeats! (djset)by mr. cle...
-
Emotional Atyachar DJ Jasmeet remix 2009 Dev Dby DJ Jasm...
-
Disco Glassy (Dj AshishB.'s Sugarless Mix)by BeatsFr...
-
Mere Haath Mein.../...Des Rangila (SoKhan Remix) - Sonu Nigam, Sunidhi Chauhan, Aamir Khan & Kajolby SoKhan
-
Trace (SoKhan Remix) - Nirag Chagby SoKhan
-
Love Songby badeshi
Groups
Latest checkin
-
@平塚駅前郵便局 (八重咲町2-1)6 hours ago in 平塚市, 神奈川県
Badges
Checkin history
-
@平塚駅前郵便局 (八重咲町2-1)6 hours ago
-
@タイレストラン シャム (若葉町2-33-7)24 hours ago
-
@cafe FLOWER (中区山下町24-7)26 hours ago
-
@チャイハネの諸国漫遊食堂 NeNe Cafe (山下町80)29 hours ago
-
@旅館 東方酒店 オリエンタルホテル (中区山下町187番地)29 hours ago
-
@横浜中華街大通り (山下町)29 hours ago
-
@CP+2012 (神奈川県横浜市西口1-1-1 パシフィコ横浜)31 hours ago
-
@平塚駅 (Hiratsuka Sta.) (宝町1-1)32 hours ago
-
@デリド 平塚駅店 (代官町1-1)5 days ago
-
5 days ago
-
@平塚駅 (Hiratsuka Sta.) (宝町1-1)5 days ago
-
@横浜駅 (Yokohama Sta.) (西区高島2-16-1)6 days ago
-
@桜木町駅 (Sakuragicho Sta.) (中区桜木町1-1)6 days ago
-
@横浜中華街大通り (山下町)6 days ago
-
@萬和楼(バンワロウ) (神奈川県横浜市中区山下町139)6 days ago
-
@関内駅 (Kannai Sta.) (中区港町1-1)6 days ago
-
@横浜駅 (Yokohama Sta.) (西区高島2-16-1)6 days ago
-
2 weeks ago
-
3 weeks ago
-
3 weeks ago
Checkin history
-
6 months ago
-
6 months ago
-
6 months ago
-
6 months ago
-
7 months ago
-
7 months ago
-
7 months ago
-
7 months ago
-
7 months ago
-
7 months ago
-
8 months ago
-
11 months ago
-
13 months ago
-
15 months ago
-
15 months ago
-
15 months ago
-
15 months ago
-
15 months ago
-
15 months ago
-
15 months ago
Stamps
Pins
Posts
※音楽系なので、つい先日音楽まとめ用Posterousに書いたけど、これはどちらかというと音楽を通した自身についての思い入れ的だしな、と、こっちにやや加筆・修正して転載。
今回は単純に「この土着音楽たまんねス」ではなくて、色々思い入れ全開なのでやたらと長くなるとおも。
おいらがパキスタン人とつるんでいた丁度その頃、現地で一世を風靡していたVital Signsというパキスタンのポップロックバンド。
どこかで書いたけど、昔から実は南亜細亜では、実は印度よりパキスタンの方がポップス系は欧米からも評価されてるけど、当時のVital Signsもそんなのの筆頭って言っても過言ではない。
JJ(Junaid Jamshed)はそこのリードボーカルで、甘い低音でとても美しい声の持ち主で、おいらも超ハマりました。
当時の友達たちからは一緒にいる間中、Qawwaliやポップスやボリィ、ロリィの曲など色々教えてもらった…というか散々聴かされてた訳だけど、彼らに自分用のビデオテープ(の時代w)が欲しい!と入手まで頼んだのはこのVital Signsだけだった。
今みたいにYouTubeもない時代、それでも下のいくつかの曲と映像が特に大好きだったから、繰り返し観たかったから。
Sanwali Saloni
いつまで経ってもウルドゥは解さないままに、これは今でもあやふやに歌える。
途中の「あむりかけ なー じゃーぱーにきー」ってトコは「アメリカや日本(の女の子じゃなくて)君が好き」的な意味だって教えてもらったのも覚えてる。
Gore Rang Ka Zamana
Aitebar
これとか今でも何かの拍子に脳内でメロディがぐるぐるする。
その中で(ワタシ自身は大好きな曲の筆頭って訳ではなかったのですが)、この曲がかかるとパキスタン人の誰もが合唱を始める、という勢いの曲がこれ
Dil Dil Pakistan
Dil、は「がんばれ」っていう意味だよー、と教えて貰いました。若者中心の愛国ソングとも言っていい曲。
当時のワタシ自身は大して民俗音楽萌えでもなかったので、つるんでた仲間が皆、日本から離れてしまうと、そのまま元々好きだったヒプホプとかあーらんびーに戻り、10年近くパキスタンの音楽からは離れてました。
いつだったかな、2000年の前半頃に懐かしさも手伝ってNusratを聴き直し、つい数年前に亡くなってたコトを知ってショックを受けたり、Vital Signsも解散してるのをぼんやり知ったり、ああソロでアルバム出してるんだな、なんて知ったり、でもあまり深く掘り下げずにいました。
そしてつい数年前、再び(いや、三度?)最近はどんな活躍をしてるんだろう、と突如思い出してWikipediaのJJのページを読んで、「イスラムに専念するため、(またパキスタンあたりはストリクトなイスラム圏というコトもあって)ポップミュージックを捨てた」と知り、それはもうショックでした。風貌もめっちゃ変わってたし。あのパキスタンポップロックのアイコンとも言えたJJが!
まぁ、そうは言っても捨てたのはポップスで、イスラム曲やNaat(イスラム詩、これをメロディに乗せて歌ったりする)は続けていて、ソレ系のアルバムとかは出してるらしいと知って、結構Naatとか掘りまくったり。
それから数年、つい先日、FacebookでJJではない元Vital Signsのメンバーも参加しているJunoonというパキスタンロックバンドのページにJunaidの写真。そして「Dil DilとJazba(Junoonの曲でこれも愛国ソング的ポップス)のリハーサル中、動画も後ほど」というメッセージ。
愛国ソング的とは言えどもポップスを捨てたはずのJunaidが!
そしてアップされたのがこれ
- Salman Ahmed & Junaid Jamshed | Unplugged session
(埋め込みNG動画につきリンクのみ。昨夜は埋め込み許可になってた気もするけど…。)
うp主もパキスタンEMIなのできちんとオフィシャルというかなんかそういう系。
そして動画のオープニングの
"In our solidarity, unity and discipline lies the strength, power and sanction behind us to carry on this fight successfully."というジンナーの言葉の引用
多分経緯も知らずに観ても…いや、知識として知っただけで観ても、恐らくなんとも思えない程度の動画だと思うけど、国民の期待する次期大統領は、かなり民主寄りな元クリケットの花形、イムラン・カーンだが、政府と軍もかなり危なっかしい状態でクーデターで民主化自体がひっくり返るかもしれない。そして米国との緊張状態も日々高まる一方。というこの時期、ジンナー生誕の日にJunaidが過去のポップスを歌うというのは、Junaid含めポップス界やその裏方含め、皆、幾重にも色んな思いもあるんじゃないかな。
そんなこんなでJunaidの動画をうろうろしていたら、今年の前半にトロントでもNaatのライブの途中でアカペラでDil Dil歌ってるのですね。
90年代に見劣りしない美声と、あと、相変わらず、しかもパキスタン国外在住者がほとんどであろう会場が歌い出しと同時に一斉に歌い出す様がもう…。
なんとなくもじもじして自分からはほとんど誰にもお知らせせずにひっそり書いておりましたが、書き始めたと言っても書き始めは今日ではなくて実は4週間ほど前からで、今回で3回目。
メルマガ全盛期からの老舗と言えば超老舗の日刊デジタルクリエイターズにて隔週火曜日。
お誘い戴いた時には、反響見つつ慣れるまでは月イチくらいでいいんじゃないのかねー、うんうん、なんて言ってたのですが、初回の原稿送ってぽやーんとしてたら「はい、じゃあ次は二週間後ね!」「ぇええ!」という展開になっちゃったけど、隔週でも月イチでもどっちも未体験ゾーンなワケだし、後からサイクル短くなるのも辛いだろうと思ってそのまま隔週で頑張ることにしてみました。
いやー、こないだ書いたと思ったのにすぐ来るもんですね、2週間て。そりゃ坂を転がり落ちるように歳もとるわけだわ。
えっと、その、誰かネタの成る木、ください…。
特に通しでのテーマも決めず、クリエイターの尻尾あたりにいる自分の視界に入ってきたものを気ままに好き放題つらつら書いてこうと思ってます。
何となく毎回書き終わって自分で読み返すと厨二臭がぷんぷんするのですが、それはおいらが厨二だからなんでしょう、ああそうさ。
先端でとんがってる方面はデジクリにしろ他媒体にしろ個人ブログにしろ書く人いっぱいいるし、おいら自身まるでとんがってないので、どっちかっていうと、一見すると直接クリエイティブには関係なさそうだったり、でも(少なくとも)おいらの脳内連想ゲーム的にはどっか繋がってる、みたいなあたりかな。
デジクリは、基本はメルマガですが、アーカイブ的な感じでサイトもあるので、基本、ウェブで見ることも出来ます…が、今日の分はまだサイトには上がってないみたい…あっ、リロードしたら更新された!w
まぁ、そんなコトがあった場合はゆるゆるお待ちいただくか、配信元のひとつのまぐまぐのアーカイブならメルマガ同様のタイミングで見れそうですね。勿論メルマガでの購読でも!
今までも、亀等持って外行くと、歩いてる間中が常にネタ探しみたいなトコがありましたが、コレがはじまって以来、ネタ探しが家の中も外も関係ないし、オンラインもオフラインも関係ないしで四六時中モードになっちゃいましたね。
キョロキョロして歩く感じは嫌いじゃないのでいいですが。
こっちは今まで通り、思い出した時にオチも校正もなしに書き散らかしたりしていきます。
規約的にも著作権は書いた人、ということで、これまでザ・インタビューズで答えたもののうちから南亜細亜関連と写真関連中心に抜粋した質問と回答、こっちに転載しておくことにした。
似たようなコトをいつかここなりどこかなりに書くのもアレだし、それぞれの質問結構マジレスで書いたし、かといってあのサービスの流行がいつか完全に終わってしまった時に書いたモノまでサービスもろとも忘却の彼方になっちゃうっていうのももったいないなぁ、とw
それぞれのインタビュー転載元は各記事本文の一番最後に入れておこう。
特に積極的にはやってないものの、誰かわからない人から戴いた質問に答えるのって、自分のこれまでを振り返るきっかけになったり、自分でもよくわからない気づきがあったりして面白かったりしますね。
最近はすっかり質問も来なくなってるし、質問してして!とかは思ってないけど、もしまた忘れた頃に何かおもしろい質問来たら今後も内容によってはこっちと並行して書こうかな。
あーすっきりした。
「汚い土着系民俗音楽と汚い写眞が大好きです。」 - browneyesインタビュー窓!
や、実は全く「窓」を意識してたことないんです。 質問来てから自分の作品とかふぁぼってるもの3回くらい眺めてみたんですが、それでもなお、そんなに窓多いのかな…相対値が見えなくて何とも言えませんねw
という訳でインタビューのお題的には終わっちゃう勢いですが、この質問はちょっと逆に個人的に色々面白かったです。
誰かから見て「窓」が目につく、ということそれ自体も意外な驚きで、それと同時に後付けで色々思いを馳せてみたり。
丁度個人的に最近、自分の写真を平べったく説明するのには「街撮り」…というのもちょっと違うなぁ、一体なんなんだろう、と考えてる所があったこともあって、その足がかりの一端にもなりえそう。
後付けで言うとすると、窓の向こう(大概は内側)にある生活に無意識に興味があるからかしら、とか、要するに自分はなんでもない生活風景から何かを撮りたいのかもしれないわ、とかとかとか。
まだまだ結論出そうにないですけど。
転載 from 撮影作品や好きな写真に「窓」が写っているように思えるんですが、意識していたり、何か物語があったりしますか? - browneyesインタビュー
見たいところも行きたい所も大杉で困っちゃいますね。
とにかく聖者廟うろうろしたい!
延々と古典音楽と舞踊を堪能したい!
あとは、とにかく街を歩きたい!金持ちの街も、そうでない街も、村も。
ここまでは優先度高ですね。
で、それ以外だったら、
各地でご当地印度映画も観てみたいし、ついでにCD山ほど買いたい!
それと有象無象しょっちゅう各地でやってるご当地お祭りも眺めたい!
史跡とかもまぁ、気にはなりますがそちらは余力があったらでよいです。あーでもムガル時代の何某は触れたいなぁ。
街単位で考えると、以前から北印度一辺倒でラジャスタン行きたいとかパンジャブ行きたいとか漫然と思ってるのですが、最近は南印度の魅力にも徐々にヤラれてるので困っちゃいます。あー、ベンガル地方もいいなぁ。他地域と趣を異にするというゴアも気になりますね。
パキスタンみたいに向こうで生まれ育った普通の人の普通の家とかにお邪魔出来たらとても楽しいんだろうけどなぁ。
ていうかパキスタン再訪したい…。
転載 from インドに行ったことがないとのことですが、実際にインドに行くとしたら、どの街に滞在してみたいとか、何か計画とかありますか? - browneyesインタビュー
きっかけ…きっかけ…なんだったんでしょう。
父が「モノ集め」的にカメラをいくつかとっかえひっかえしてましたね。撮る人、でもなく、カメラそのものにも興味はない割にキャッチーに流行ったのは早々に手に入れたがる人でした。 そんな父が当時はEOS(の出だし頃かな)マンセーになってたので、スペイン貧乏旅行に行く際はじめて自分で買ったのはEOS 1000Sでした。ネットではどういう位置づけのカメラだったんだろう、とぐぐってみましたけど、デキは悪くないみたいなのにプラプラって小馬鹿にされてる結構不幸な子だったんですね、このコ…。
でもそのままカメラにハマったとかも全くなく、月日は流れ、デジカメが登場し、安物のコンパクトはいくつか買いましたがそれでもまだまだ暫くはどってことなく。
そして誰かの影響があったのかなあまり思い出せませんが、ある時突然写真をまともに撮りたい欲が勝手に盛り上がってきて、素人的に何買おうかしら、(当時はとてつもなく貧乏だったので)一眼なんてまるで無理だけどちょっと勉強出来そうなヤツがいいわ、マニュアルで撮影も出来るような…と散々迷って購入したのはパナの出してたFZ-2。12倍ズームすっげぇぇ、みたいなw
で撮り始めたけどまだまだ闇雲すぎてマニュアルで撮るなんて何が何やらよくわからず(真面目に勉強しろや)、その後旦那と出会って旦那の持ってたこれまた安いデジカメ、オリンパスμで面白さ開眼。その頃は日がな一日撮ってました。
実は旦那もワタシと出会う前に、フィルムカメラをほんの一時期やってたようで、自分で現像から紙焼きまでやってたこともあって、要するに写真好き。そこから先はいけいけどんどんでした。二人でひっそり写真ブログなんかもやってましたねぇ(黒歴史、いやそうでもないんだけど)。
転載 from 写真を撮るようになったきっかけを教えてください。 - browneyesインタビュー
デジタル世代の写真撮りなので、フォーマットに対する拘りとかもあまりないのが正直なところで、GRD-II以外では長方形フォーマットで撮ってます。
GRD-IIで撮影する時にスクエアフォーマットを多用しているのは、ノーブラインドの片手持ちな闇雲街撮りばかりしている際に、長方形なフォーマットだと縦撮りばかりに寄ってしまうんですよね。撮って帰って見返していくうちに、写ってるものよりも写し方に気が行っちゃう感じがしてきてイヤだったんです。なのでスクエア固定にしてしまいました。安直ですw
横長で奥行き感のあるかっこよい街撮り出来たらいいなぁ、とも思うんですけどGRD-IIがぼっこわれるまではこのままかなぁ。
ちなみに長方形フォーマットで撮ったけどどうしても1:1にトリミングしたい、みたいなコトもたまーにはあるのですが、その場合のトリミング位置はすっごい悩みます。変なもんですね。そういうもんなのかな。
転載 from スクエアフォーマットな写真は好きですか? - browneyesインタビュー
パキスタンて言っても、多分大部分の都市部・町部はもうちょっと現代的な子育てしてるんじゃないかと思います。
都市部でそこそこまともに成功してる人の家庭にもお邪魔しましたが、そこの小学生は綺麗な洋服着て、全科目英語で授業な私立の学校に通ってたので当たり前の様に英語でおしゃべり出来ました。
…いや、あんなにパリっときれいな洋服着てる子は町でもそんなに見かけた記憶がないからあの家はかなりエリートだったのかしら…。
「インド周辺を旅したときのことを教えてください。」でも触れたとおり、おいらがお世話になって日々の生活を暫く見てたのは、パキスタンの北方にあるペシャワールから東に60~70kmほど行ったとある田舎町でした。田舎度合いが国内でどの程度なのかは不明です。英語で意思疎通の出来る人はほぼいなかった気がします。
二ヶ月いてもその国の「標準」がどんなもんかなんて解らないもんですね。
ワタシがお世話になったその田舎町の赤ん坊は、座らせれば一人で座ってられるけどまだハイハイもおぼつかなくて離乳食もそろそろ…?くらいなのでどのくらいなんだろう、7ヶ月とかそのあたり…?あー、歯はちょっぴり生えてたからもうちょっと後?子ナシなのでいい加減ですが。
パキスタンの家が全部そうかどうかわかりませんが、気温が高くかなり乾燥している、という気候もあってその家は、屋根付きの玄関ポーチ部分がとても広く、2~3畳分くらいかな、もっとかな、そんな広さがありました。庭よりは一段高くなってる庭の延長ですね。ワタシは日中の大半をその玄関ポーチに座り込んで、庭にいる痩せこけた牛を眺めたり、庭で洗濯桶で洗濯するのを眺めたり手伝ったり、(結構立派なキッチンがあるのに)庭で炊事をするのを眺めたり手伝ったりしてました。
で、赤ん坊。 赤ん坊もみんなの目の届く玄関ポーチにいるのですが、基本フルチンで、起きてる間中玄関ポーチの適当な場所にぺったり座らされてます。時間が経つともちろん排泄をします。その場で。まだ自分で動けないので状況に寄ってはそのまましばらくまみれてます。一度はバランス崩してお座りポジションからうつぶせにばったり倒れた状態でまみれてました。
で、大人(だけじゃないか、小学生くらいのおねえちゃんも)が排泄に気づくと、赤子をひょいっと抱えて状況次第で水洗いして、玄関ポーチの乾いてる別の場所に移動させます。
汚れた場所はバケツで水かけて、庭に常備の、よくプール清掃で登場するT字のゴム貼りの水切るヤツ、あれできゅきゅっと庭に向けて汚水を掃くと、なんせ乾燥してるのでものの数分できれいさっぱり乾いてしまいます。
そうやって赤子は日々、玄関ポーチのあちこちを転々としています。
最初はびっくりしたけど、気が気じゃなかったので滞在してる間中赤ん坊ウォッチャーが主な仕事になってました。でもワタシがいる間だけ無駄に神経質な日本人が神経質にしてたところで、小学校あがってたあの男の子も女の子も、その母たちもああやって育ってたんでしょうね。
頻繁ではないけど外出がある時ばかりはそうもいかないので、間に合わせでおむつ的なものをします。…が、日常におむつ文化がないが故に、そういう時はバスタオルぐるぐる巻きで、半日がかりくらいの外出になるとぐるぐる巻きもgdgdになってましたw
デジカメもまだ一般的になってなかった頃だったしワタシ自身写真始めてもない頃だし、当時の実際の写真がほとんど手元になく、その時のイメージに近い雰囲気の写真を探して貼ってありますが、寝てる時とかはこういう網のベッドに寝かされてます。
フェイサル・シャーのパキスタン便り : ベッド
勿論、赤子だけじゃなくて大人全員このベッドを玄関ポーチやその他庭の軒先に並べて夜寝たりしました。キッチンもあっても使わないし、寝室も個別にあるのに使わないし、日中はずっと玄関ポーチだし、これじゃ壁のある「家」部分、いらないじゃん…とか思ったり思わなかったりw まぁ、冬場はさすがに壁のある側に入るんですよね…きっと。
このベッド、見た目の割にかなり寝心地よいんです。ベランダに欲しいです。
で、目元。印度やパキスタンの赤子…だけじゃなくて大人の女性のメイクにも使われてるこの黒いクマドリ。直射日光から目を守るとかなんとかで、こうやって赤子にもやるんですよね。元々赤子のうちから濃い顔が更に濃くなるという。
ワタシもやってもらいましたが、日本のアイラインみたいなペン型や筆型で細かい粒子の顔料塗ってくのではなくて、ザラザラゴツゴツした太い鉛筆の芯みたいな墨みたいなヤツを閉じた上下の目蓋の内側にびゃーってやられました。涙ちょちょ切れ。
(でもあのイスラム圏のクマドリメイク系、好きなんです)
ちょうど、まだ基本はおっぱい飲んでるけどそろそろ離乳食準備、という時期だったのですが、日本みたいに赤子向けに何か作るとかはしてませんでした。大人の食事時に焼いたチャパティの切れ端をちょっと水とかラッシー(ここで飲んだラッシーはヨーグルトドリンク風味な甘くておいしいヤツじゃなくて、庭の痩せ牛の乳を革袋で攪拌させた乳清でした)に浸して握らせる、それを延々しゃぶる、みたいな。
もうちょっぴり大きくなって本当の乳離れ時期は何食べさせるんでしょうね。ちょっと気になります。
転載 from パキスタンへ行かれたときに赤ん坊の育て方に驚いた、とありました。それについて詳しく教えてください。 - browneyesインタビュー
まともに体系的に調べたりもしたことないので結構いい加減ですw
CDすらまともに入手出来ない事も多いので、どこぞで気になる曲や動画が上がってると、まずは安直にYouTubeですね。
人がキーワードになったり楽器で探したり。
ついったの検索キーワードで渡り歩くのも面白い出会いが多いです。
あと最近はFB Pageってある種のRSSリーダーみたいだわ、と思って積極的に興味のありそうなページ探したりするんですが、 Discover Facebook Pages ってページの国の初期値が知らないうちに印度になってました。
http://www.facebook.com/pages/browser.php
ここの初期値、みなさんは何なんですかね?気づいたら印度だったので元がなんなのかすらわかりませんw
それ以外の穴場は、一般的には大分下火になってる FriendFeed に民俗音楽系グループが結構ひしめいてて、未だに国によってはアクティブな人が多いので時折眺めます。
アクティブな風味の国としては、盛り上がってる当初からひきつづきイランとか、あとはトルコっぽいのも結構多いです。
イランは音楽的・宗教的にはパキスタンとも共通する部分が多く、且つ、一時は文化的にも大分西よりの風も吹いてたのでポップス系もかなり洗練されつつ土着系もしっかり残ってるのでオススメですよ。まじでレベル高いです。
例えば、邦題「ペルシャ猫を誰も知らない」というイランのアンダーグラウンド音楽シーンの映画より Mast-e Esgh - Drunk With Love (Rana Fahran)。
これなんか全然オサレ。(個人的に好きな土着系じゃないけどw)
ちなみにおいらのYouTubeで収集した有象無象のプレイリストはこちら(常に更新)
http://www.youtube.com/user/qtbrowneyes
転載 from インド音楽や民族音楽、どんなサイトでどう情報収集していますか? - browneyesインタビュー
あああすいませんすいません、「インド系の音楽、映画にハマったきっかけは?」で語らせてもらった通り、印度に直接は全く縁がないのです!
あ、でも周辺だからパキスタンについて語ってもいいのかw
そんなこんなで日本国内でつるんでたパキスタン人4人組は次々に日本を離れてしまいましたが、仲間の一人が現地でめでたく結婚(勿論当たり前の用に arranged marriage =親同士の決めた人との)、という運びになり、お呼ばれすることとなり、当時唯一日本残留組のパキスタン人のエスコートで現地に向かいました。かれこれ20世紀、世紀末ごろかな、911よりは数年前、2週間くらいの予定だったのですが60日オープンのチケットを手に入れて(ここ後で重要)。
滞在したのはざっくりと、古都ラホール→北部ペシャワールから更に奥に行った無名の町(パシュトゥン人集落だったみたいです)→避暑地マリー→首都カラチ→振り出しに戻ってラホール、てな感じです。
当時は音楽や映画同様、自分の滞在してる国について特に頓着もせず予備知識も大して持たずに連れてってもらっちゃったのですが、今思うとかなりディープな所に一番長く滞在してたみたいです。全然危険な目には遭いませんでしたが。
パキスタンに限らず、何ヶ所か現地の知人・友人宅を訪ねる系の旅みたいな形で訪れる機会に恵まれましたが、パキスタンはそういう形で訪れることが出来て最も面白かったです。お世話になった家の子供に自分の唯一知ってる1から10までのパンジャビ語で算数教えたり、赤ん坊の育てっぷりにいちいち驚いたり、カジュアルに護身用の拳銃が出てきてビビったり、文字通りその空間にいる人全員からのガン見を受けたり、珍しがられるのにウンザリして現地人のフリして頭から布被っても怪訝な目で見られたり、アザーンが流れる度に女の子に一緒にお祈りしないの?って訪ねられたり、ご多分に漏れずお腹下して病院に行ったら点滴が濁流で注入されたりなどなどなど。
で、実は後半はワタシは大分ぐったり辟易しはじめてて、エスコート役に「もういいから日本戻ろうぜ、ていうかおれだけでいいから先に帰る!」と言ってよくよくチケット見てみたら60日オープンの60日が数日前に終了しててびっくりw
4人組の仲のよい知人にパキスタン航空の人がいたので有効期限切れのチケットだけど無理矢理乗せてもらって帰国しました。
ちなみに実家は実家で、「2週間くらいで帰ってくるよ」と言ってしまってたばかりに、あと数日しても音沙汰無かったら国際捜索願いでも出すか、と思ってたそうです。
(連絡取ったのは3週間目ごろ1回だけだったけど、よくよく考えたら後半は都市部にいたんだからもう1回くらい連絡入れとけばよかったのね…)
一瞬長々詳細に書きかけたんですが、本気で長くなっちゃうので一つ一つの体験の詳細については割愛しますね。もし興味のある方がいたら別途聞いてもらえれば土地別でもエピソード別でも語らせて戴きます。
転載 from インド周辺を旅したときのことを教えてください。 - browneyesインタビュー
人に説明する時に便宜上印度好き、みたいに言っちゃってますが、実はバブルの絶頂が終わって景気がゆるかに下降しているものの、まだ多少は日本が魅力的に思われていた頃に不法就労で日本に滞在していたパキスタンの4人組とひょんな事から仲良くなって、つるんでた時期があります。
一人、また一人と「もう日本、フケーキ悪いねー」と、ひとしきりお金を貯めきっては申告制で「強制送還」という形をとって日本を離れてしまいましたが。
そんな訳で、当時、日本であろうがどこであろうが自国の生活を(基本的に)守り続ける彼らが好んで見るのは、何重にもコピーされてるよね?という風情のパキスタンや隣国印度の映画のビデオだったし、常に聴いているのは現地の土着ポップス(先日「好きなミュージシャンとその曲を教えてください。」で答えた Qawwali とか Ghazal )が9割方でした。でも実はワタシ、映画には差程興味なかったのです、特に当時は。
当時は能動的に聴く気なく聴いていたので、彼らが全員帰ってしまうと、音源も自分で持ってた訳ではないためふっつり聴かなくなってしまいましたが、10数年を経て何故か、ある種の懐かしさも手伝ってもりもり自分から聴き始めてしまいました。そういう意味ではよい人たちと仲良くなれたが故なんでしょうね。
Qawwali や Ghazal、更にその後、印パ両国の北部で文字は違えど共通な言葉である Punjabi 語圏で好まれてる Bhangra (バングラ。バングラデシュとは関係ない)も聞きかじりはじめ、その後各種印度映画系の音楽にも手を出し始めました。
音楽に関してはざっくりそんな流れです。
映画は更に後付けで、音楽の流れで北印度の映画(ボリウッド)音楽、南印度の映画音楽(これまた印度国内と言えども言語が違う)…と、南亜細亜各地を音楽的にウロウロしてますが、映画音楽=映画のワンシーン(といってもストーリーとは脈絡のないのも多い)なので、気に入って何度も音楽シーンのみ見てるうちに本編も観てみたり観てみなかったりが徐々に増えてきました。
あ、あと音楽と映画の中間に印度舞踊もありますね。ここはかなりの萌えポイントですw
印度の映画の音楽シーンというと大人数で不思議な踊り…と、印度映画に明るくない人が思うのは実際そうなので否定しませんが、数多く観ていると、あ、これは古典舞踊がしっかり生きてる、みたいなのとか、ダンス中のとある仕草が実は宗教的なこれに関係してる、とか、そういうのが解ってくると楽しさ倍増します…。あ、ハナから興味ないといつまでたっても不思議な踊りかもしれませんね、きっと。
ストーリーとかを堪能する嗜好は未だにあまり強くありませんが、それなりに映画産業に力が入ってるという背景や、そもそもの南亜細亜文化独自のビジュアル周りの色使いとかが組み合わさると、ハリウッド映画やフランス映画には真似の出来ない美しさがシーンにあるんですよね。それが大好きなのでこれからも映画、「眺めてく」と思います。
(実際、日本語どころか英語字幕のないのも数時間苦にせず「眺め」てますw)
芸能界蘊蓄は日本のものでも洋楽系でも興味ないまま通ってきたので、恐らく印度映画界も同様になっちゃうと思いますが…。
転載 from インド系の音楽、映画にハマったきっかけは? - browneyesインタビュー
ひゃあ!ありがとうございますありがとうございます!素直に嬉しいです!
実は、技術的にも不勉強すぎて真面目に撮ってる方に見られたりするとビクビクしますw
長い間、街撮りと称(誤魔化)してコンパクトカメラでノーブラインド一辺倒で通勤時にひたすらシャッター押して歩いてました。そんな訳でコツと言ってもホントに、とにかく常にカメラをONの状態で握りしめる=チャンスを逃さない、くらいしかないんです、ホント。
あとは何だろうな、自分の見たまま…というよりは感じたままをフレームに収められたらなぁ、と念じつつ撮ってる感じでしょうかね。
言ってる自分でもよくわからないのですが、感覚的にはホントにそんな感じです。
例えばある人を見てギョッとしたら二度見のギョッの時にシャッター押す、おぉ、と思ったらその余韻が消える前にシャッター押す、みたいな。
歩きながら撮ってる時の脳内効果音はシャッター音というよりもハサミっぽい「ちょきん、ちょきん」て感じです。
最近になって、今更真面目に修行方々デジイチ優先で持ち歩くようになりました。
会社辞めてしまったので出歩く機会も激減してしまってますが、その分じっくり撮るには丁度よいですね。
自分自身、まだまだこれからの己の伸びシロがどうなってくか日々楽しみな段階です。
転載 from 写真が魅力的ですが、うまく撮るコツを教えてください。 - browneyesインタビュー
ミュージシャン…の前にジャンルについて軽く説明しないと解んない人も多いと思いますが、 Qawwali (カッワーリ)という印度・パキスタンのスーフィ系宗教歌謡が一番の大好物なので、そのあたりをよく聴いてますが、ミュージシャン括りでなく(特にパキスタンの)世代を超えた民衆に愛されてる Mast Qalandar という曲が何だかんだで一番好きです。
Qawwali 奏者たちもそうでない人たちも歌ってるので、時折突発的にYouTubeあたりで聴き比べ倒したりします。
でも散々聴いた後、「あーやっぱこれ最高」と、締めに必ず聴くのは Sabri Brothers という兄弟 Qawwali 奏者の Mast Qalandar ですね。
Qawwali と言ったら世界的に有名なのは Ustad Nusrat Fateh Ali Khan で、彼の Mast Qalandar も好きですが、彼のものでは世界市場向けを意識して(と勝手に推測)作られたアンビエント系のバージョンではなくて、 Lollywood 映画の Boxer で使用されていた、とても地元歌謡臭漂うバージョンが大好きです。実はこれが Qawwali との出会いでもありました。
あと、欧米系では、Ice Cube と Wu-tang Clan が大好きですが、曲は一択…できませんw
転載 from 好きなミュージシャンとその曲を教えてください。 - browneyesインタビュー
東松照明「新宿騒乱」行ってきた。
名古屋の「全仕事」じゃないよ。
あーあっち行きたかった…。
図録ほしい…。こっちにも置いてあったけど。
なんだろな、同時期からの似た系統の写真家さんは多いけど、おいらは多分この人が一番好きなんだと思う。
「何が」ってのをもちっと上手に言語化出来るといいんだけど、なんというか、うん、美を感じる。美。
美がすごい。
なんなのかしらあの細部隅々にまで美が宿ってるのったら。シャッター切るのはどの作品だって等しく1回こっきりなのに。
もう意味わかんない。
あとは物語的な感じ、いやいや、詩的?うーん、物語かな…なんか違う。
語りかけるとかなんとかじゃない。
Emotionかしらね、多分。結構に生々しいヤツ。
上のいつもお得意のサムネイル纏めでもコントラスト高めの作品ばっかり多めに出てきちゃうんだけど、コントラストってか彩度ってか、それが淡い作品がまたとんでもなく好き。
あと、ほとんど白トビみたいな中に現れてる像も。
ああなんかね、どれみてもヒャーって感じ。
あ、ちなみに一番右下はアラーキーの作品。ぐぐる様、どうしてもあの辺一緒くたに出てきちゃってなぁ…。
や、アラーキーもすげえし大道さんも中平さんもすげえんだけど、なんか東松さんだけキャッチーな話題に出てくるコト少ない気がするのはおいらだけなのかしら。鈴木清もそう思った気がするが。
同じ土俵で語りたがるおいらがなんかおかしいのかな。
よくわからんが、きっと、すごい写真家さんはまだまだまだまだ、しかも騒がれ度の低いトコにももの凄くいるんだとか思うと鳥肌立つわ、いい意味でも悪い意味でも。
安井 仲治(やすい なかじ、1903年12月15日 - 1942年3月15日)は、戦前の日本を代表する写真家の1人。関西で活躍した。 安井仲治は1903年大阪に、安井洋紙店の長男として生まれ、裕福な家庭に育った。 10代半ば頃から写真を始め、1922年には、浪華写真倶楽部に入会。その後、研展も含めて、繰り返し、写真展で入選を果たし、また、浪華写真倶楽部でも、代表格のメンバーとして活躍し、若くして関西写壇に欠かせない写真家となった。1928年には「銀鈴社」結成、1930年には「丹平写真倶楽部」参加。 1942年、腎不全のため、神戸の病院にて、38歳で死去した。 安井作品は、多彩を極め、初期のピクトリアリスムから、ストレートフォトグラフィ、フォトモンタージュ、街角のスナップにまで及ぶ。枠にとらわれない自由な撮影対象の選択をし、それに対応しうる確実な撮影技術をもっており、その中で、技巧に走らない、人間的な作品を数多く残した。 なお、森山大道が、安井を敬愛し、私淑していることはよく知られている(森山には『仲治への旅』という写真集がある)。また、あの頑固な土門拳も、安井を高く評価していたという。
2回目、冬のスコットランド(ロウランド)。
緯度的に北海道と同じ、な割に、少なくともおいらが行った時はすごいドカ雪が降ってる感じはなかったな。部屋はかなり防寒設備は整ってるので室内ではシャツ一枚で快適。
滞在先のダンフリース&ギャロウェイって、縁もゆかりもない日本人にとっては地名すら馴染みはあまりないと思うけど、唯一ダンフリースで日本にもゆかりのあるのはロバート・バーンズさんという詩人。蛍の光の元歌のゲール語の詩を書いた人。
というワケでダンフリースの小さな街の中心地近くの川にかかる築百ウン十年だかウン百何年だかのアーチ型の石の橋を渡るとロバート・バーンズセンターというのがあるのだが、その橋の上で杖をついた爺さんがすれ違いざまにものすごい勢いですっころんだのが妙に記憶に残ってる。
下の方の長毛な人相の悪そうな牛たちは、この地方の肉牛?のギャロウェイ種という牛だそう。いきなりすぐ近くでカツーン!カツーンて角突き合わせて喧嘩し出して、そこにあの茶色いのが巨体を舞わせて参戦しに行っててちょっと怖かった。
でもギャロウェイ牛のステーキとかは食べなかったな。鹿は食べた。ハギスは全然おいしい。あと、フィッシュアンドチップス、イングランドの田舎よりダンフリース~エジンバラの道中、名も無き街でテキトウに入ったフィッシュアンドチップスやさんのがめちゃめちゃうまかった。
この時の滞在でも妙にロウランドの田舎ばっかり責めてて、エジンバラすら1日かすったかどうかだった気がする。いつかまた行くことがあったらハイランド攻めたい。
イングランド北部、 Lincolnshire の Louth という田舎町を起点にスコットランド南部のDumfries & Galloway 界隈に行ったりした。
ロンドン以外のえげれすは初上陸だったんだと思うけど、イングランドからスコットランドに入ってすぐに休憩がてら入ったマックの隣の席が、非営業用(=非観光者用)のキルト着た白いヒゲのおっさんがハンバーガーをパクついてて「うおっ」って思った。日本人が実はチョンマゲ+着物でうろうろしてない程度に、そんな格好の人はいないみたい(その後そんなに見かけない)のにいきなり濃いのに出会ったよ。
緯度的には北海道くらいで結構寒いのに、何故か子供が学校でプールがあったらしく、白い肌に真っ青な唇で学校から帰ってたのもちょっと謎。日本の関東の小学校だって6月頭には泳いでないんじゃないか…?
スコットランドってえげれすといいつつもゲール語が今でもよく使われていて、いや、テレビとかは英語なので皆、英語もしゃべれるし、学校ではどっちで教えてるのかよくわかんないけど、外国人なおいらには気を使って英語で話しかけてくれるんだけど、スコットランドなまりのない人に更なる英語通訳してもらわないと何言ってるんだかわからない程度には訛ってた。
グアムに一週間という旅がタダで転がり込んで来たのでほいほい乗って行ったものの、現地で十ウン年ぶりだかウン十年ぶりだかという巨大ハリケーンが3日目あたりにやってくるという間の悪さ。
詳細は記憶も薄れてるけど、到着当日は多少の観光、翌日は既に観光客も現地人もそわそわ直撃準備に落ち着かず、引き続き軽めの観光しつつ、スーパーにてサバイバル用食料品買い込みに参戦。ハリケーン直撃は翌日午後だったと思うけど夕方に完全停電。
通過後の4日間は水道管破裂により完全に断水状態が続いて、常夏湿度高めのグアムで4日間の風呂無しのまま居直り観光を敢行して帰国したんだわ。臭いのなんの。
お高めの日本人観光客の多い地域の方が多少は復旧もきちんきちんと早そうだったけど、おいらの止まってたのは客も経営者もフィリピンな安宿で、まぁ、そんなユルさも手伝って「リゾート地グアム」じゃなくて「文字通り自然な南の島」感を満喫するという、ある意味貴重な体験になったわ。まぁ、タダだったし、2~3日ズレの人の方が飛行機欠航になったりしてた事考えたら丁度よくへんてこ体験したのかも。
過去の旅の写真、全部手元にないんだよなぁ、って思ったら、一部黒歴史みたいな大昔のふぉとぶろぐに載っけてたのを思い出して、FTP情報すら行方不明だったのを探し出して拾ってきた。
そっちのサイトはバージョン2時代のMTそのものは外しちゃったし、テンプレも古すぎるし、更新する事ないし、かといって写真自体がヘタクソだし元画像もないままだしでちっちゃすぎてふりっかに載せる気にもならない。あ、ほんの一部は載ってたかもしれないけど。
…てなワケでこっちに記録として再掲しつつPicasa Webに残しとこう。一応場所別の行った時別で。…とは言えそこにもパキスタン行った時の写真はないんだよな。重ね重ね残念。
うっかり気づいたら2時間半くらいやってたw
エゲレスはスットコランドのDumfries & Gallowayという特に観光スポットもないこの辺鄙な地、一時期何度か滞在する機会がありまして、特にこのA76という田舎幹線道路は恐らく最もよく利用した道だと思います。
View Directions to A76 in a larger map
こんな僻地でも大英帝国の一部なだけあって既にストビューかなり完備なんですね…ってまぁ、Aで始まる道路は日本で言うRで始まる「国道」だったような記憶なのでやって然るべき…なのかな、しつこいようだけどかなり僻地なんだけど。
この地域の中心部外れたあたりから黙々と北上してったんだけど、早々から登場しちゃう羊さん。いいねいいね、そういうの待ってたの。
牛もおった。誰も牛がいてもイマイチ喜びませんねw
今日は出会わなかったけど、この地域には地名と同じ名前のついたギャロウェイ種って牛もいます。体もデカくて角も立派で毛がもっふもふしたヤツで、滞在中、ヤツらの雄がいきなり角突き合わせて喧嘩を始めた時は10数メートルの距離のある所にいたけどすごい迫力でした。
上半身?がボンヤリ薄汚いのもいる。稀に黒い顔の羊っていうのがいるんですが、こいつぁちょっと違う。黒い顔の羊に会うとちょっと得した気分になる。
ていうか、ストビューカー、いきなり給油…?それとも後続車のやり過ごしだったのかしら。この辺りじゃ車に出くわすコトも多くはないけど、その分かえって皆さん普段から飛ばしてますからね。
珍しく群れずに二頭だけ。
更に群れてる。…ん?真ん中のキミ?
やっぱり黒い顔!
牛飛びだし注意的な標識もある。
というワケで、車だったら20分とかだったかな、な距離を延々2時間ちょいもウロウロして疲れたので終了。多少脇道逸れたりもしたせいもあるんだけど。
しかしスットコランドに限らず、イギリス全土でいつも思うのは、このストビューも木々の様子からすると冬っぽいですが、ほら、道の脇とか!冬でも地に生える草の色が無駄に緑なんですよね。日本の草と比べると彩度高すぎる。おかしい。
ウチは旦那タソが道産子で、東京出てきた時に思ったのは「東京は街と街に明確な境界がない。おかしい。」だった、と、裏の家から別の市という地図じゃないと見えない境界線付きの家で育ったワタシに未だによく言うのですが、そういえばスットコランドも確かに境界がありますね。街と街の境界、っていうより野っ原の間にささやかな人の暮らす小さな街がぽつんぽつん。ストビューでもその辺すごくよくわかりました。
スットコランド、今度はもっと羊率も野っ原率も高そうなハイランドの方をストビューで眺めてみよう。でも、自分が訪れた所を眺めるような思い入れがないとちょっとつまんないかもな。パキスタンとかも見れたらいいのに、無理だろうけど。あー、全世界ストビュー化出来ればいいのにね。
今更ブログ的なこんなのを時折書き出してること。
ついったが出てきて以来、ブロガーのブログ離れ、とか言われて久しいけど、おいらみたいなケースも案外多いんじゃいかな。
140文字アウトプットの習慣が字余りに、的に書きたいことが溢れる人。
おいらの場合あとは別ルートで、たんぶらのせいなのかしら。
あっちではヘンに言葉以外且つ非オリジナルなもので表現してる、みたいなカンジもあるから自分の思考とか言葉とかがそこでも溢れちゃってたりするのかも?なんて己による己に対する推測。
字余りだとしても、複数ポストをとぅぎゃって満足、って人もいるだろうから新しい(くもないけど、既に)発信形態が出来て多様になったってだけかな。
おいらの場合はその他の生活環境の変化も大きいんだけどね。
おいらはるか昔、MTのバージョンが2.661の頃には個人のMTブログ持ってた。
けどあの頃は書きたいコトあったのかな、テンプレ作りたかっただけかも。今の会社にもそういうコいるな。
逆にココは少なくとも今んとこ、テーマ選んで、CSS付け足す程度。
外観より各種端末からのポストしやすさとかメンテしやすさとか、中身の為の方に気が行ってる。悪い流れじゃない。
まぁ、メタ談義臭い話はどうでもいいや。
いい加減きちんと作品を作品として出せるサイトは作りたいなぁ、作らなきゃヤツら可哀相だよなぁ、って思ってるけど、こういう他愛もない散文は自分のレン鯖にお引っ越し!とか頑張らないでここで気が向いたらぽつりぽつりでいいや。
会期終了間際に知って慌てて行ってきた。
マグナム写真展どーん!というよりマグナム所属カメラマン一覧、的な風味で、作品も写真家1人につき各1点のみなので、評価以前だったり、別の作品まで好きかどうかなんとも言えないけど、それでもそのたった1点ずつの作品で多少なりとも心に引っかかった人リスト。
もちっと色々感じてたけど感想的なのはこの程度しかメモしてない。
他にも特筆?したいのはいくつかあった。
ハリーグリエールって人のが自分のテイストじゃないのになんとなく引っかかった。なるほど映像出身な人って感じ。そしてギルデンのロシアマフィアかこいい。 http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23626659529760768
ちょっとでも気になる人の名前控えてってたら結果的に半分はメモした格好。
http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23626969010671617
や、選んでるウチに入らない説もあるけどw
各人についてはそのうちぼちぼち調べるかもしれないし調べないかもしれないけど、取り敢えずMagnum(JP)のサイトの各人紹介ページへのリンクだけ突っ込んでおく。
正会員
- アバス
- チエン=チ・チャン
- アントワン・ダガタ
- ニコス・エコノモポロス
- マルティーヌ・フランク
- スチュワート・フランクリン
- クリスティーナ・ガルシア=ロデロ
- ジム・ゴールドバーグ
- ハリー・グリエール
- アレックス・マヨーリ
- スーザン・メイゼラス
- スティーブ・マッカリー
- パオロ・ペレグリン
- リーズ・サルファティ
- イーライ・リード
- アレック・ソス
- ラリー・タウェル
- アレックス・ウェブ
- ルネ・ブリ
- ジョナス・ベンディクセン
- ブルース・ギルデン
寄稿家
アーカイブ
準会員
候補生
上のリスト作ってて面白かったのは、候補生だけはまだ名前だけで紹介ページは作ってもらえてないみたいで、個人サイトへのリンクがあるのみ。それがなんとTumblrだったw。
ポートフォリオ兼用?そういう訳ではないのかな?いずれにせよたんぶらユーザにマグナム候補生もいる時代なのですねぇ。りぶろぐしちゃいますよっ!
マグナムのメンバーの種別とそれらになってく過程みたいなのも展示会場で説明書きがあったけど、それぞれのステップ、時間も審査もしっかりある。意外な人がメンバーになって日が浅かったり、若く見えるのに古参メンバーだったり、きちんと個々人調べてないけど結構そういうのでへぇ、と思ったりもした。
中平卓馬の写真展が今日(2011/01/08)から2箇所で同時開催開始、というコトで、ハシゴしちゃおうかとも思ったけど、軽く体調不良もあり、明日で会期を終えるマグナムと同じ銀座で開催している方のみ見に行ってきた。
両展覧会の感想系は書くとしても別途記事にて。
ということで、ここはそこからあれこれ派生して浮遊した厨二的思考をただまとめておくのみに留めます。
見終わってふらふら写真撮りながら東京駅に向かい、帰りの電車で(いつものようについったで)、ふと、
清澄白河は展示内容別なのかすら。(後略)
http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23653939614326786
なんてコトをつぶやいていたところ、別会場の展示内容を教えてくれた人がいた。
その方の話も総合してみると、なんとなく、今日行った写真集の販売代理も兼ねてる銀座では今回発売される新刊本掲載の内容に忠実(点数多め、サイズも本と同一)、もう一方はよりぬき豪華版(点数少なめ、サイズ大きめ)という差別化なのかな。
…と、他会場の様子も知り、デカくした作品も見たいかな、どうかな、なんて思ってるウチに湧いてきた疑問のつぶやきが以下。
写真てどういう形態が最終形態なんだろうか。紙焼きなら作り手がこれだ!って思うサイズに焼いたもの?デジタルは?でもどっちも絵画と違ってどうとでも展示媒体によって大きさは変えられてしまいがち、だけどサイズが変わると陰影とか鮮明さとか、少しずつ変わってくし…。
http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23671433792061440
取り敢えずもう一個のサイズ違いも見てみてもいいとは思ってるものの、恐らく写真集全部をバラして意図する順番に沿って並べてるであろう銀座の方が今回の新作の俯瞰にはなるんだろうな。と、そこでさっきの疑問がいきなり頭を占領した。作り手はどのサイズを脳内で最終形態と考えてたんだろう。
http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23673559758934017
要するに、ヘタクソなりに撮ってる側として、もし作品毎に「これが最終形態、これが完成形」って意図しているものがあるのならそれを見てみたいなぁ、って単純に思っただけなんだけどね。
いや、なんだろ、写真集発売→関連展覧会な流れみたいだし、そもそもの最終形態自体がA4?
いやいや、それはそれでアリだと本気で思ってたりもするので、であれば拡大したものを見る必要はあるの?とかとかとか。
でもここで軽く我に立ち帰る。
待てよ、自分はどうなんだろう。
http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23673797915705344
どうなんだろね、ぼんやりあるようなないような。ないってコトはない。
http://twitter.com/#!/qtbrowneyes/status/23675139900051456
まぁでも、ファインダー覗いたりシャッター押したりしてる時に明確にコレ!なんてないのかな、無意識にはあるかもしれないし、その無意識こそが最終形態を左右するとはしても、そのフェーズでは作品未満な訳だし。
それよりなにより「自分」のやり方に置き換えてどうなるものでもない。
「これを作品として完成させるに至る作者の思いが云々…」って語りは巷でもよく耳にするけど、実際に本人に聞いた話以外のオレオレ物差し範疇な推測って色々狭めて物語を都合よく完結させちゃう気がするのでしたくない。
とかとか、ついった上ではそのまんま尻切れだし、その後延々考え続けてた訳でもなく、ぼんやりと、「そんな疑問は多分作家次第」だろうし、「正解も模範解答もない」し、「キメる必要すらない」コトなんじゃなかろうか、と思ったりはしてるので厨二臭いわー、とか思いつつ、それでもなんとなくコレって墓に入る頃までには自分はこう思い至ったよ、こうやってたよ、ってのがあるといいなぁ、と思ったのでまとめるに至ってる次第。
なんだかペペッてコピペのみでさっくり済ませようとした割に書いちゃったな。もっと寡黙な人になりたいんだわ。 :-p
でもこういうのも面白いかも。同じ作家の同じ作品の見せ方比較みたいなおまけつき。
じゃなきゃ、今日みたいな疑問を言語化することなく過ぎてってたかも。
最初能書きを冒頭に書いてたけど、そんなのは後ろに回しとこう。削除しちゃうのはそれはそれでアレだけど。
とんでもない肉食系フォトグラファー。
街撮りの人でMagnum Photosの正会員でもある。
作品見てるだけでもすんごい迫力なんだけど、この人の撮り方ったら、パないす。
動画で鳥肌立ちましたよホント。
WNYC Street Shots Bruce Gilden
先日このブルース・ギルデンを教えてもらった同僚はかれこれ10年くらい前にこのギルデンさんが上野アメ横で「捕食」してるのを目撃したとか。すごい体験…。してみたい。
- Bruce Gilden - Google Search
- Bruce Gilden - Wikipedia, the free encyclopedia
- Bruce Gilden - Magnum Photos
- Magnum Blog / "Bruce Gilden" Archive
- Bruce Gilden
FBのファンページはあるけど Twitter は探してもみつからないや。
写真家という人たちやその作品に触れることすらせずに今まで来てしまってた。
そろそろ色んな写真家や色んな作品をきちんと見ていってもいい時期かな、とか少し思ってる。
もうちょっと前だと多分、ホントになんも判らなすぎて、それらを目の当たりにしてもきっとやり過ごしてしまってたであろう部分に、今なら多少は目がいったり自分なりに感じることが出来るくらいには写真に触れてきてるのかな、と思えるお年頃になったんじゃないかと。
色々な人の作品を見るのがいいことかどうかは正直よくわからない、でも悪いことではないと思う。
とはいっても、今のところはまだまだ色々な人に「あの写真家見てみるといいよ」と教わってるレベル。
でもそういうよきセンパイが周りに、沢山ではないけどちょっとでもいてホントにありがたいと思う。
写真とか作品とかに対しての長々語りは好みじゃないので最低限だけ、今後もクリップしてくのはアリかなぁ、と。
Updates
-
20110913131318_20111206.jpg2 months ago
-
20110921123024 browneyes2 months ago








































































